なんともいえぬよいにおいが漂い、李漢は奥の部屋から大皿を取って戻ってきた。
「飯にしよう」
李漢は、椿が側に腰をおろすのを待って、まだほかほかと湯気をたてている焼きたてのパンのようなものに、トロリとした黄金色の蜜をかけて手渡した。
「食べな、旨いから」
いっこうに口をつけようとしない椿を、李漢は促した。
椿は不安そうに顔をくもらせたが、ほんのすこし口に入れた。
しかし、すぐに二口目、三口目と口一杯にほうばった。
噛みしめた途端、口の中に甘く、香ばしい香りが広がって、とてもおいしかった。
「旨いか?」
椿は無茶で口を動かしながら、頷いた。
食べ物がおなかに入ると、じんわりと体が温かくなった。
「こいつは“ナム”っていうんだ。小麦を水で練って、熱した焼石の上で平たくして焼くのさ」
椿の母国、泰国では主食は米だ。
椿は貴族階級の子だし、庶民の食べ物である小麦のナムは口にしたことがなかったのだろう。
興味深げに耳を傾ける彼女に李漢は続けた。
「この村と違って、泰国は豊かな国だ。米が食えるってのはそういうことさ。だけどな、この村は貧しい。土地が乾いているし、栄養もない。だから毎年乾きに強い麦やら、芋やら、雑穀を植えるのさ。質素だが、香ばしくてうまいだろ?」
椿は穏やかな表情になって、これまでとは別人のように見えた。
女の子というものは、湯を浴びてさっぱりして、はなやかな衣を纏うだけで、こんなにも美しくなれる。
ようやく年相応の女の子に見えるのだ、椿は。
食事が終わり、お茶をすすりながら、李漢は穏やかに一日が過ぎてゆくのを感じた。