湯からあがり、椿は少しがさがさとした布で体を拭き、用意されていた新しい肌着と衣を身につけた。
それは、山羊の毛で織った詰め襟の衣に、筒袴を合わせた淡い紅色の衣だった。
椿が戸惑いつつ、湯殿から元の部屋に戻ると、李漢と、椿の母親と同じくらいの歳かさの女性いた。
「おいで、椿。ここに座りなさい」
椿は近づくことを躊躇った。
婦人はそれに気づいたのか、ちょっと微笑んだ。
「あんたがツバキだね?怖がることはないよ。あたしはソンニ、リカンさんのご近所さ」
何と言っているのかわからないので黙っていると、李漢が婦人の言葉を訳して椿に伝え、それからソンニに向かって言った。
「ソンニさん、その子はアシャ語はわかりません。泰国から来たんで」
ソンニは驚いたように椿を見たが、やがて優しく微笑んだ。
「その衣、よく似合うじゃないかい。まさかリカンさんにこんなに可愛い姪子がいたなんてね」
椿は自分が身につけた新しい衣を用意してくれたのはこの人だと知った。
自分の母とは違う大らかな優しさに戸惑いつつも、椿はとたんに胸が締め付けられ、目に熱いものが滲み出てくるのを感じて顔を顰めた。
「ありがとうございます」
椿は深く頭を下げた。
言葉は違えど、ソンニには十分に気持ちは伝わったらしく、彼女は椿に向かって軽く手招きをした。
「いいんだよ。ここに座りな。髪を透いてあげようね」
李漢は椿の目に、ほっとした光が宿るのを見て、これまでいかにこの娘が気を張っていたかを思い知った。
ひとしきり椿の長い黒髪を透いた後、ソンニは“また明日”と言って出ていった。