毅『昨日の人は彼氏?』

”き、来た・・”

そう思いながらやっぱり隠すのはおかしいと思い

美『うん、そうなの。』

と言った。

前に、百合が消えた元彼の話を毅と竜次の前でしたのでその人だと言えばわかるだろうけど言わなかった。

必要もないと思った。

毅『そっか、出来たんだね。おめでとう。てか大丈夫なの?毎日他の男のとこ来て犬の散歩してさ。』

美『大丈夫。りんごに会いたいし。』

毅『そっか。』

そう言ってこの会話は終わった。

美紗子はこのとき毅の顔を見ることができなかった。

でも、見たらここでどうなっていただろうか。

このとき、毅は誰にでもわかるわかりやすい顔をしていた。

そう、落胆した顔だ。

美紗子は何度か彼氏が出来たということを毅に話そうとしたが話すの忘れていたということで毅に伝えた。

だが、こういう形で知られるのはすごく嫌だった。

言えなかった自分を恨んだ。

そして何よりも知られたくなかったと確信した。
家に着いてりんごに餌をやり、ちょっとだけ芸を教えたりした後

美『じゃあ帰るね。』

と言って帰ろうとした。

毅『彼氏と今どのくらい?』

いきなりまた話が戻った。

美『え、あー・・えーとね、3ヶ月くらい・・かな?』

気まずそうに言った。

毅に助けてもらったのだって3ヶ月くらい前だったからだ。

ちょうどあの後くらいに翔とヨリを戻した。

毅『そっか。』

それだけ言った。

美紗子はそう言った毅の顔を見ることが出来なかった。

気まずい、複雑、色んな心境が入り混じっている。

美『じゃまた明日来るね。』

カップルのような別れ方だが全く違う。

そう言って車に乗った。

そして家に帰った。

車内、美紗子の心は荒れていた。

美紗子は家に帰りシャワーを浴びてご飯を食べた。

翔からメールが来ていたが、美咲といることになっているので後で返事しようと思ってまだ返事をしていなかった。

1人で食べながら考えていた。

”翔のこと、すごく好き。ほんとに大好き。でも何かがモヤモヤしてる。”

原因は嫌と言うほどわかっていた。

もちろん毅の存在だ。

”りんごを毅くんに引き取ってもらってからなんだ。徐々にモヤモヤが増える。でもわたしは翔が好きなんだ。そう思わなきゃ。”

毅と連絡をとるようになり、たまに散歩もするようになって本当に2人は接近した。

自分に対して本当にイライラしていた美紗子は思い切って翔に電話をした。

美『会いたい。』

翔はもう帰ったの?とかそういうことを聞いて今から家に来ると言ってくれた。

翔が家に来たとき、美紗子はすぐに抱きついてそのまま抱かれた。

”翔を傷つけることはしたくない”

美紗子はそう思っていた。

だが、気持ちに気付き始めた美紗子の心は揺れ動く一方だった。
モヤモヤを飛ばすかのように美紗子はそれからはりんごの散歩の後、毎日翔と会った。

翔といるときは本当に好きだと実感していた。

一緒にいたいと思っていた。

だが、毅といるときは翔の存在を忘れて楽しむ自分もいた。

それでも翔はすごく美紗子を愛してくれていて2人が付き合って半年が過ぎた。

もう季節は秋から冬に移ろうとしていた。

秋は人の恋しい季節というけれど、美紗子にはずっと翔がいてくれたので恋しいとは思わなかった。

幸せだと思っていた。

姫だって竜次だってもっくんだって遊んでくれるし孤独を感じることはもうなくなった。

ただ、百合だけは連絡すらしてないし、向こうからも全く来なかった。

翔とは一緒に暮らそうとかそういう話も出ていた。

お互い一人暮らしだから当然といえば当然なのだが、りんごのこともあり、返事はまだしていなかった。

そんなときまた美紗子の周りで人と人との問題が勃発していた。

それに気付いたとき、その人らはもう傷つきすぎていた。
美紗子はその日仕事が終わり、りんごの散歩をして家に戻ると部屋の前に人がいるのが見えた。

すぐ誰だかわかった。

姫だった。

合鍵を持っているはずなのに玄関のところにいる姫を見て何かあったんじゃないかとすぐ悟った。

走って階段を登り、姫のところに駆け寄った。

美『姫!?どうした!?』

そう言うと姫は美紗子に抱きつき泣いた。

姫の涙を見たのは初めてだった。

まず部屋に入れ、姫の大好きなココアを作って姫の前に出した。

姫の前には涙と鼻水を拭いたティッシュが山積みになっていた。

美『話せる?』

そう言うと姫は話始めた。
不倫相手が奥さんに刺されて亡くなったこと。

その理由は不倫相手が奥さんに姫と一緒にいるために渡した離婚届だったこと。

奥さんが殺した後に返り血を浴びたまま姫の家に来たこと。

それを見た使用人の人が110番をして警察が来たこと。

狂ったように姫の名前を奥さんが叫び続けていたこと。

警察に呼ばれて事情を全て話したこと。

そしてそのまま美紗子の家に来たということ。

しばらく余計思い出すから家に帰りたくないということ。

姫は涙を流しながらだが淡々と話した。

そして最後に言った。
姫『全てなくしてしまおうって思った。警察署で。』

美『どういう意味?』

姫『わたしが消えればすべてなくなるじゃん?』

姫は自殺を考えていたことを明かした。

美『バカ。絶対そんなことしたら許さないから!!!!』

そう言いながら姫を睨んだ。

姫『あーあ、週刊誌とかおもしろおかしく書きそうじゃね?某グループ令嬢の不倫相手、妻に刺される。みたいな?』

美『姫、大丈夫なの?』

姫『んなわけない。』

そう言ってベッドにゴロンと横になった。

姫『しばらく寝ていい?』

美『うん。外出ようか?わたし。』

そう言ったが何も返事がなかったのでそういうことだと思いバッグを持って外に出た。

出た瞬間冷たい強い風が吹いた。

コートの襟を立てて肩をすくめて歩いた。

もう冬がそこまで来ていた。
”姫にりんごを見せてあげよう。きっと長いこと会ってないはず。”

そう思って毅の家に車を走らせた。

家に着くと電気が付いていて毅がいるということがわかった。

一応インターホンを鳴らして毅を呼び、りんごを連れて行くことを言おうとした。

玄関があいて毅が思いっきり部屋着姿で出てきた。

毅『おぉー、美紗子ちゃん。どうしたの?』

とビックリした表情で言われたので、簡単にだが説明をしてりんごを連れて行きたいことを伝えた。

毅は真剣な顔で聞いて

毅『1人じゃ大変じゃない?行くよ、俺も。』

と言ってくれた。

姫も毅を信頼していることだしお願いした。

りんごを連れ、2人でまた家に向かった。

車内では姫をそっとしておくべきか、話をするべきか2人で悩んだ。

駐車場に着き、りんごを降ろしてアパートに入ろうとすると、アパートの横に翔と同じ車があるのに気付いた。
今、美紗子は毅と歩いている。

月に照らされた影も2人と小さく1匹がうつっている。

毅に翔がそこにいるから離れてと言おうとしたが時すでに遅し。

美紗子の車を帰ってきたとき見たのか、翔は車から降りてきた。

毅は前に見た2人の姿を覚えていて、すぐに車から出て、こっちを見ている翔が美紗子の彼氏だと気付いた。

だが、今はやはりさっき自殺を考えていたという姫が心配だったため

毅『大丈夫?やばい?でも姫心配だし俺、部屋行ってていい?りんご、ちゃんと足拭いて入れるから。』

と美紗子に言った。

翔『ちょっと待って。部屋?あがるの?』

翔がここはやはり当然だろう。

つっかかってきた。

最初の大丈夫?やばい?という言葉で完全に誤解している翔に美紗子は全てを説明しようと思い

美『ごめん、毅くん先に行ってて。話して来る。』

と告げ、毅に先に行かせた。

それから翔にりんごのこと、姫のことを話した。

いつもは穏やかな翔の顔は今日だけは違った。

当たり前なのだがやはり美紗子はこわかった。