美紗子はその場を離れたくなかった。

信じたくなかった。

たった数ヶ月しか一緒にいなかったけど毅のことは本気で好きで本気でぶつかってきてくれて本気でぶつかろうとしていた。

こんなに守ってくれる人は美紗子はいなかった。

絶対に離れたくないと思っていた。

美紗子は毅に抱きつき大声で泣いた。

それ以外のことがそのとき出来なかった。

それは姫だって同じことだった。

特に姫は大切な人が亡くなるということは二度目・・

姫は自分のせいなのではとまた思い始めていた。

なにか、自分には取り付いているのかもしれないと。

そして暫くして、もっくんも静かに息を引き取ったことを知った。

さっきまで5人で笑いながら話し、飲んで楽しんでいたのに今は一体なんだんだろう。

”どうやったらこんな運命を受け入れることができるんだろう・・わたしたちはこれからどうすればいいのだろう・・”

そう思っていた。

美『一人には・・させない。』
そうして毅から離れ、フラッと部屋を出ようとすると毅の父親に止められた。

『変なこと、考えてないよね?毅は絶対望まないよ。』

美『毅くんを一人には・・』

すると次は母親が

『お願い、あなたは生きて。毅の分も。』

そう言って美紗子の両手を握った。

美紗子は毅の母親の毅に似ているその目を見てまた泣いた。

泣いたところで毅は戻らない。

何にもなりはしないとわかっていながらも涙が枯れなかった。

そんなことをしていると廊下のほうが騒がしかった。

『飛び降りた』

『女の子』

そういう言葉が聞こえ、美紗子は嫌な予感がして竜次のいる部屋走った。

姫はいない。

そして

美『誰か飛び降りたんですか?』

と看護士に聞くと看護士は忙しいと立ち去った。

ただ、いやな雰囲気を美紗子はその看護士から感じた。

”まさか・・いや、姫に限って・・”

そんなとき、竜次の母親が

『さっきの女の子、この携帯をあなたに渡して欲しいと言ってどっかに走って行ったけど・・まさか・・・。』

と美紗子に姫の携帯を渡した。

竜次の母親も美紗子と同じ不安を感じていた。

”このたくさんストラップのついた機種は間違いなく姫の携帯・・”

そう思って携帯を開けた。

新規メールになっていて本文に文字が打ってあった。

【美紗子ごめん。わたし耐えられない。2人も好きな人が死んだのはわたしが疫病神としか思えない。わたし竜次と一緒に行くけど美紗子は絶対来ないで。美紗子は一人でも大丈夫。信じてるから。】

姫のメールらしくなく絵文字が全く入っていなかった。

そのメールを読んだ後、その場に美紗子は倒れてしまった。
美紗子が目を覚ますと病院のベッドらしきところだった。

目の前には見たくもない人の姿。

母親だった。

母『大変だったみたいね。あなたの携帯を見てわたしに連絡があったの。亡くなった人、家に来た2人じゃない。』

第一声を聞いて

美『出てって。無神経にそんなこと言わないで。そんなことしか言えないの!?』

そう叫んだ。

そこで姫が本当に死んでしまったのだとわかった。

わたしは生きる希望を全て失ってしまった。

母『悪かったわ。お通夜とかあるから帰りましょう。出席するんでしょ?』

そう言って4人のお通夜の場所を書いた紙を美紗子に手渡した。

そんな母親を美紗子は睨みつけた。

”夢だったらよかったのに。このまま目が覚めなきゃよかったのに。”

そう思ってベッド起き上がり、母親に

美『来てくれるなんて、予想外だった。血もつながってないあなたの大嫌いな娘なのにね。』

と憎たらしく言い放った。

美紗子は人にあたっているということを母親はわかっていたので何も言わず部屋を出た。

そして自分の携帯を見た。

アルバムの中には毅と2ショットで満面の笑みを浮かべた2人。

姫とビールを片手に写っている写真。

竜次とマイクを持って写っている写真。

もっくんと変顔をしている写真。

見ているだけで携帯に水滴が零れ落ちた。

”どうして・・1人にするの?”

そう言って上を見て涙を拭った。

美紗子はベッドから出て、会計をしようとすると母親が精算をしたと聞きそのまま病院を出た。

玄関のところに母親と車椅子に乗った男がいた。

美『お兄ちゃんも・・来てたんだ。』

美紗子の兄は美紗子をかばって階段から転げ落ち、車椅子になっていた。

永遠に車椅子。

兄『大丈夫か?』

美紗子は何も言わなかった。

美紗子はかばってくれた兄と昔からうまく接することができなかった。

話したこともほとんどないのにかばった理由が今でもわからなかった。

母『家に行きましょう。1人にしておくと嫌な予感するから。』

冷たく言い放った母親に

美『他人しかいない家には行きたくない。1人で大丈夫。あんたの息子のせいで逝ってしまったお父さんのところに行ったりしないからほっといて。』

そう言って財布からお金を出して母親に渡し歩き去った。

2人とも、追っかけてきたりはしなかった。
母親から渡された紙を見て全員別の会場でのお通夜だということを知った。

”あのときの桜みたいにバラバラ・・”

そう思いながら家まで1時間半ほどの道を美紗子はひたすら歩いた。

家に着くとカーテンをあけ、目の前にある写真立ての中の毅との2ショット写真を眺めた。

そして独りだということに声をあげて泣いた。

”わたしも連れて行って・・みんなと一緒にいさせて・・”

そう思いながら。
どれだけの時間泣いたかわからないが、美紗子の目は腫れてしまいとても人前に行けるような状態ではなかった。

だが、4人に会いたい・・

そう思い参列は出来ないが4つの会場に足を運ぶことに決めた。

シャワーを浴びたかったが、今の美紗子の体には毅が姫が、竜次がもっくんが昨日触れたところがたくさんある。

洗い流したくはなかった。

シャワーも浴びることが出来ず、美紗子はそのまま喪服に着替えた。

その後、部屋にある写真たちをずっと眺めた。

5人並んだ写真を見て手に取ったまま目を閉じた。

その写真は毅の家で撮ったものでその時の情景が目に浮かんできた。

最後の1本のビールをみんなでジャンケンして取り合ったこと。

勝ったのが竜次だったのに姫が奪ったこと。

姫と一緒におつまみのスルメイカを焼いたこと。

ワインをもっくんが一気飲みた後その5分後に寝てしまったこと。

毅が片付けを手伝ってくれたこと。

その日、手を繋いで寝たこと。

普通なら思い出し笑いなどするのに、美紗子は衝動的に洗面台のところに置いてあるカミソリで手首を切った。

血が流れ出すのを見て、4人がそれ以上するなと止めている情景が浮かんだ。

痛いからそれが見えるのではなく、4人なら絶対止める。

そう思い美紗子は手首を押さえ、消毒薬をつけて絆創膏を貼った。

”みんなのところに行きたいのに・・わたしは1人でどうすればいいの??”

そのまままた泣き崩れ、通夜の時間になっても美紗子は動けなかった。

誰も助けてなんてくれない。

美紗子は人生で最大の孤独を感じた。
美紗子はりんごが心配になりりんごのところへ行った。

丸1日ほったらかしていたということを思い出した。

りんごのところへ行くとりんごはしっぽを振ってすごく喜んだ。

そんなりんごに

美『もうあんたには・・わたししかいないんだよ!!この家だって・・どうなるか・・ここにいれないかもしれないんだよ!!』

そう言うがりんごはずっとしっぽを振って美紗子から離れなかった。

美『りんごしか・・もういない・・』

そう言ってりんごを触りながらまた涙を流した。

”いつもみたいに窓が開いて毅が出てきたらいいのに。

玄関前に車が止まって姫がきたらいいのに。

さわがしくもっくんが登場すればいいのに。

姫に文句を言いながら竜ちゃんが来ればいいのに・・”

美『わたしどうすればいいんだろう。ほんとに独り。』

そうしていると家の前にタクシーが止まった。

美紗子は玄関を見た。

”まさか・・”



そんなはずはなく、現れたのは毅の両親だった。

毅の母親は喪服姿の美紗子を見て

『あなた・・・。やっぱり来れなかったのね。あら、毅は犬を飼ってたのね。』

そう言ってりんごを触った。

『この子、どうするの?』

母親が聞いた。
美紗子は答えられなかった。

ここは毅の家族の家。

ここで飼うとは絶対に言えない。

だが、美紗子はアパート暮らしのためうちで飼うとも言えない。

実家に連れていけばいいかもしれないがそれだけは絶対に嫌だった。

『わたしたちが飼おうか?』

母親がそう言ったとき美紗子は母親の顔を見た。

『ま、ちょっと中で話しましょう。』

そう言って玄関を開け、部屋に入れてくれた。

美紗子はこの家は思い出が多すぎて入っただけでもう引きちぎれそうな思いをしていた。

そして父親が座り、正面に『どうぞ』と言ったので正面の椅子に座った。

『だいぶ、泣いたみたいだね。』

父親がそう言うと母親が冷凍庫から氷をタオルに包んできてくれ

『これで冷やすといいわ。』

と言って渡してくれた。

美紗子はお礼を言って氷を目にあてていた。

それからりんごの話をしていた。

りんごが来た経緯を話し、色々話し合った結果やはり毅の両親が田舎に連れて行くことになった。

幸せにしてあげるという約束もしてくれた。

そしてこの家も売りに出すということを聞いた。
そして毅の父親が

『君は大丈夫なのか?もう変なことは考えてないね?』

そう言った。

美紗子は頷き

美『4人に顔向けできないようなことはしないつもりです。』

と強く言った。

それを聞いて父親は微笑み、携帯を出した。

毅のものだ。

『これは、君にあげよう。中に思い出の写真もあるだろうし。解約はさせてもらったが。』

そう言って携帯を台の上に置いた。

美紗子はそれを取り、携帯を頬にくっつけ毅を感じた。

その瞬間また涙がこぼれた。

それを見て毅の母親が

『乗り越えなさい。毅もそれを絶対望んでるわ。わたしたちだって・・実の息子をこんな形で・・』

そう言って泣き出した。

美紗子はどういう経緯で事故が起こったのかまだ知らなかった。

知りたい思いと知りたくない思いが交錯していた。

だが、思い切って聞いてみることにした。

美『あの、わたしニュースとかそういうの全く見てなくて・・どういう経緯で事故は・・』

そう言うと父親が話し始めた。