部屋に入ると姫はりんごをなでながら毅と話をしていた。
りんごも何か悟っているかのように姫にピッタリと寄り添っていた。
美紗子を見て姫は
姫『りんご、大きくなりすぎじゃね?』
と笑いながら言った。
だが美紗子も毅も無理をしているようにしか見えなかった。
そして色々これからのことも話した。
また警察に行って話を聞かれるだろうということ。
家に帰ると色々聞かれるだろうということ。
だが避けては通れない道だということ。
姫は頑張ると言って自分に気合を入れ直していた。
口だけじゃなく本気で立ち直ろうとしている姫が美紗子はかっこよく見えた。
そしてだいぶ落ち着いたので毅がテレビを付けた。
美紗子はニュースでこの姫の不倫相手のことが流れそうな気がした。
”大丈夫かな?”
そう思っていると
姫『ニュース、流れるかもね・・』
と言った。
その瞬間毅が黙ってテレビを消した。
その日は姫は美紗子の家に泊まることになった。
疲れていたのか、いつもは最後まで起きている姫が珍しく寝ていい?と聞いてベッドにゴロンとなって寝た。
静かにするため、美紗子は毅を送っていくことにした。
りんごも一緒に。
車内では姫の話をしたがすぐに話を変えられた。
毅『彼氏、どうなった?』
姫にはこの状況だし心配するだろうから、もちろん言わなかったが毅は気になっていた。
美『りんごと姫のこと話したら帰るって言われた。明日ちゃんと話するつもり。』
気をつかわせないよう明るく言った。
毅『好き?彼氏のこと。』
この質問に少しビックリして
美『え!?彼氏を!?そりゃぁ・・ね・・?なんで?』
この言葉を言ったときにちょうど毅の家に着いた。
質問系で終わらせたくせに、美紗子は気まずくてすぐに車を降りた。
ちょっと遅れて毅とりんごが降りて、りんごを犬小屋まで連れて行った。
『美紗子ちゃん、ここ、泊まっていけば?姫寝てるし。』
美紗子は確かに聞こえた。
毅のほうを振り向くといきなり抱きしめられた。
『彼氏と別れてよ。』
なにが起きたのかわからなかった。
ただ、ものすごく強い力で抱きしめられていた。
そしてりんごが足元でお座りをしているのが見えた。
美紗子にとってはこの日、激動の1日だった。
朝、携帯のアラームで目が覚めると姫がタバコを吸っていた。
美『おはよう。』
姫『ごめん、ベッド占領してた・・』
笑いながら姫は言った。
美紗子は今日は仕事。
姫は大学なのだがもちろん行くはずはない。
昨日の事件は当たり前なのだが、かなり姫の心に大きな傷を残している。
今、姫が表面だけでも笑っていることが美紗子はスゴイと思っていた。
本当は心から笑ってるのではないとわかっていたが、強いなと思った。
姫『さ、家戻ろうかな・・着信すげーきてんの。見る?』
見てみると家やお兄さん、お母さんから着信だらけでメールもたくさんだった。
もちろん友達なども交じっていたが。
それで、みんなが姫を心配しているということがわかった。
暖かい家族、優しい友達なんだろうなと美紗子は思った。
家族に恵まれていない美紗子にはすごく羨ましかった。
美『帰って顔見せてあげなよ。心配してるだろうし。家まで送る。』
そういって今日は美紗子は朝食を抜いて姫を家まで送ることにした。
姫の家族を見て、美紗子はすごく羨ましかった。
美紗子の母親は美紗子が4歳のときに離婚したのでずっと会ってないし会おうとも思わなかった。
離婚の原因すら知らない。
一人っ子だったのでそれからは父親と2人で暮らしていた。
でも、美紗子は父親が大好きだったので全然淋しくはなかった。
それから父親は美紗子が小学4年のときにバツイチで美紗子の2こ上と3こ上の息子が2人いる女と再婚した。
最初は幸せだった。
でも2こ上の兄が道を誤り、グレてしまった。
暴走行為、窃盗、暴行、色んなことをやらかした。
その度に父親がその兄を止めていた。
それに逆上したその兄が、覚せい剤を使用し、おかしくなった頭で父親を何十箇所も刺して殺した。
そしてその兄は捕まった。
美紗子は気が狂いそうだった。
そんなとき、ボーッとして階段を降りていたた美紗子はバランスを崩し、転げそうになった。
それをかばって3つ上の兄が首を打ち、下半身不随になってしまった。
それで3つ上の兄が希望だった母親から辛くあたられ、居場所がなくなっていた。
毎日、家が美紗子は地獄だった。
そんな家庭だったから、仲良し家族の姫が羨ましくてたまらなかった。
その美紗子だって今日はとんでもないくらい動揺しまくっていた。
1.姫の不倫相手の殺害事件。
2.翔にりんごのことがバレてケンカになる。
3.毅に告られる。
姫のことが1番おおごとなのだが、美紗子としては翔だって毅だっておおごとだった。
姫にはまだ翔と毅のことは言ってなかった。
きっと姫はまだそれどころではない。
昨日はあれからすぐに帰った。
美『なに言ってるの?』
そう言うと毅は
毅『いつの間にか好きになっちった。』
と笑いながら言った。
美紗子は反応に困って何も言わずにその場を離れた。
そして急いで車に乗り、家に帰ったのだ。
あの時は動転してて事故をおこしててもおかしくない状態だった。
ちゃんと運転出来ていたのか覚えていない。
”毅くん、本気なのかな・・どうしよう。今日もりんごのところ行かなきゃいけないのに・・てか、こんな状態のときにまた更に動揺させやがって!!”
そう思いながら今日も会社へ行った。
始業の前に美紗子はもう一度携帯を見た。
やはり翔からの連絡はない。
毅を送って帰った後、美紗子は1度、翔にメールを入れていた。
『明日、話そう。りんごを散歩させた後に翔の家に来るね。ご飯も作るから食べてこないでね。本当にごめんなさい。』
返事を期待しているわけではないがやはり気になってしまう。
こんな状態で仕事しても失敗するのではないかと思ったがスムーズに1日、仕事をこなすことができた。
そして仕事が終わり携帯を見たがやはり翔からは連絡がなかった。
だが、毅からはメールが入っていた。
美紗子は恐る恐るメールを開いた。
『昨日は突然ごめん。なんか姫のことでゴタゴタして絶対昨日のタイミングは間違ってるってわかってたけどもう抑えることができなかった。彼氏とあんな状態だったこともあって今が1番いいのではとも思ってしまった。ちょっと卑怯なことしちゃいました。今日散歩来るのかな?』
いつもは短文のメールしか送らない毅が珍しく長文だったので驚いたが、毅らしくなくこんなに気持ちを書いてくれていることに、本気さが美紗子には伝わってきた。
そして、毅の気持ちがすごく嬉しいことに気付いた。
『わたしこそ何も言わず逃げてごめん。今日は今から来るよ。散歩をして翔のところに行きます。』
そうメールを送って毅の家に向かった。
今日は絶対散歩をするべきではないと思っていた。
昨日翔にりんごのことを話し、そのことでケンカをして今から翔の家にいく。
りんごを優先させていることがモロにわかるのだが、それだけりんごが大切だということを翔にわかってほしいという部分もあった。
毅の家に着き、りんごのところに行くと毅がりんごとあまって遊んでいた。
まだ美紗子には気付いていない。
”逃げ出したい。”
そう思ったが姫はあんなつらいことがあっても自分をしっかり持って前向きに生きていることを思い出した。
”わたしも気合いをいれよう。”
自分に渇を入れるように大きな声で
『お疲れ!!』
と言った。
毅は美紗子を見て笑いながら
『でけー声。』
と言った。
りんごはしっぽを振って美紗子を見ていた。
美紗子はりんごをなでて、散歩に行くため鎖を外した。
玄関に向かうと普通に毅も横についてきた。
美紗子は少しずつだが自分の今の気持ちを正直に話した。
それを毅は相槌を打ちながら聞いた。