橘は、勿論極秘事項である小林秀宇の正体について何も知らない。どうやら、高級マンションでワイン片手に原稿を書くスレンダーな美女、というイメージをもっているらしい。


「橘は、今誰の担当なんです?」

「こないだデビューしたばっかりの新人だよ。星川ララ」

「星川ララ………そのペンネームは変えなくていいんですか」

「俺もそう言ったんだけどさぁ。おっさんには今時の女子の心はわからないって言われちまって」

「…おっさん…?」

「17歳、現役女子高生。怖ぇわ、まじで」


相槌を打つ振りをして、映画に戻ろうとすれば、横からサッとイヤホンが奪われてしまった。

小さく睨むも、橘は少しも気にせず、片一方を自分の耳に当てて関心したように呟いた。


「これ、"日曜日のレモンライム"じゃねえか」

「そうですよ」

「去年、大ヒットしたんだよな。俺も、彼女と観にいったわ…懐かしい」


カフェインたっぷりのブラックコーヒーを一気に飲み干して、しみじみと言った。