「なによう、その顔。ナナはあだ名で、いまは海外でフォトグラファをやっているんだよ。最近、ようやく名前が売れてきたみたいでさ…」
まるで自分のことのように、嬉しそうに話すシュウの声が随分遠くで聞こえた。
その"ナナ"という人物の本名は、シュウに問わなくてもなんとなく予想することが出来るのだ。
「本名は暮野皐月っていうんだけどね、今度"ヒト"を被写体にした個展を開くんだって。だから、夢に出てきたのかなァ」
「(…やっぱり)けど、随分嬉しそうに話すんだな、そいつのこと。もしかして、コイビトとか?」
わざと茶化すように聞けば、シュウは考えるように首を傾げてから、小さく笑った。
それが、いつも見る彼女の雰囲気と随分掛け離れていて、なんだか妙な焦燥感を覚える。昨夜の最悪な酒が残っているのか、睡眠時間が足りないのか。
今朝はどうして、感情が妙に揺さ振られるのだ。
「まさか。前に、この部屋で一緒に住んでたの。といっても、もう5年も前の話だよ。今朝みたいに、いつも向かい合って食事をしていたなあ」
コーヒーに口をつけながら、まるで独り言のようにぽつりぽつりと零す。