中世ヨーロッパ。
日本が初めて農民が一揆を起こした室町の時代を生きるとき。
フランスとイングランドは、長い長い戦いを繰り広げていた。
後に『百年戦争』と呼ばれる戦いは、両国の人々が疲弊し、家族を奪われ、住んでいた土地を焼き払われ、悲しみに嘆き、心身ともに負った傷はいやされることはなく、誰もがこの戦争に終止符を打たれることを望んでいた。
ある時、ドンレミ村という小さな村に、一人の少女がいた。
名はジャンヌ・ダルク。
農家に生まれ育った少女は、父の仕事を手伝う、ごく普通の勤勉な少女だった。
そんなある日、彼女は神の神託を受ける。
始めは途切れ途切れに、しかし時が経つにつれてその声ははっきりと聞こえるようになった。
「オルレアンを解放し、シャルル王太子をフランス王に戴冠せよ」
かくして、小さな少女はフランスを救うべく立ち上がったのである。
「杏樹、誕生日プレゼントはなにが欲しい?」
「彼氏」
「……ずいぶんとまぁ、がっついた要求ですなぁ」
誕生日を目前に控えた私、神足杏樹(コウタリアンジュ)は焦っていた。
17にもなるのに彼氏いない歴=年齢なのだ!
このまま恋愛せずに高校を卒業するのはすごく嫌だ。私も彼氏と楽しく過ごしたい。ていうか、彼氏と過ごす誕生日を迎えたい。
「よし決めた。17歳の抱負は彼氏を作ることだね!」
「それ去年も言ってたよね」
「……うるさいなっ」
「彼氏欲しいって、そんなすぐに出来るものじゃないでしょーよ。大体あんた、自分からアタックしたことあるわけ?」
……ないけどもっ! いつも見ているだけで満足しちゃう人間だけどっ!
相手に歩み寄らないまま消化不良になった恋も何個もあるし。あれ? なんだろう、積極的な恋って全然ないや。
「いいじゃない、そんな焦って彼氏を作ろうとしなくてもさぁ。第一あんたには神ちゃんがいるから必要なくない?」
「……なんでそこで悠……神野先生の話が出るの」
「あ。今“悠太”って言おうとした。いいなー幼なじみ」
「そんなにうらやましいなら変わってやりたいくらいだよ。あいつと幼なじみなんて全然良いこと無いんだから!」
なにが悲しくて、幼なじみと同じ学校に通うはめになるんだろう。
それも“教師”と“生徒”として。
神野悠太(ジンノユウタ)……世界史担当。私が2年生になるのと同時に赴任してきた、私の幼なじみ。
「みんなが神ちゃんカッコいいって騒いでる中、杏樹だけが不快そうな顔してたよねー」
あれは本当に驚いた。驚きすぎて、口が開けっぱの状態だった。
私は赴任してくるという話を知らなかったのだ。
「まあ、普通言わないでしょ。“俺、杏樹の学校で教師をやるんだぜ”なんてさ」
「教えてくれた方がまだマシだよ。知らなかったから、思わず名前呼びしちゃって、クラスの女子からは質問の嵐で、もう大変だったんだから」
悠太……神野先生だって私を杏樹なんて呼ぶもんだから、女子には睨まれるし、他の先生たちには幼なじみだってバレちゃうし。
「まあ、ほかの生徒の前では生徒と教師でいましょうってなったわけだけど」
「いいじゃない。教師と教師生徒の禁断の関係って感じで」
「現実は家が近所の幼なじみなわけだけどね。ていうか、神野先生はどうでもいいのよ」
「俺がなんだって?」
びっくりして後ろを振り向くと、後ろに噂の張本人がいて、驚いた。
噂をすれば影 、ってやつかな……
「神ちゃんどうしたの? 杏樹に用事?」
「まあな。ちょっと私用でな」
「ふ〜ん」
「にやにやしないでよ……大したことじゃないんだから」
莉子の事だから、変に勘ぐってるんだろうな。本当に大したことじゃないのに。
「おじさんとおばさん、急な出張が入っちゃって帰って来れないってよ」
「えっ嘘!?」
大したことだった。
ていうか、明日は私の誕生日なのに!
「そんなぁー…」
一気にテンションががた落ちして、机に突っ伏する。
明日は大事な誕生日だったのに……
大事な……大事な日なのに……
泣きそうになって、顔を隠すように下に俯く。
「だから、今日は俺んちでおまえの誕生日祝うことになったから」
「えっ?」
話が理解できなくて、勢いよく顔を上げる。いきなりすぎる話に、頭が追いつかない。
「だから、今日俺の家で祝ってやるっつってんの!」
「はぁ!?」
「えぇ〜!? ちょっと杏樹、面白いことになってんじゃん!」
「ていうか、決定な。というわけで今日の夜家に来いよ」
「うわ、急展開じゃん。強引にせまる幼なじみ。だけど生徒と教師という隔てられた枠の中、禁断の恋が動き出しちゃうて的な!」
「莉子! 茶々入れないでよ! マンガの見すぎ!」
私まだ良いよなんて言ってないのに! 何でそうやって勝手に話を進めるわけ!?
「勝手に決めないでよ!」
「だって俺、明日当直だから家に帰らないし。今日しか祝えないなーって思ったんだけど……」
「でも、私は……」
「今年は特に大事な誕生日だろ? めでたい日に女の子が独りきりで過ごすなんて悲しいじゃねーか」