甘くはなかった。心臓が鼓動を鳴らすのも、いつもテレビの中に居る芸能人と握手した時の感覚なのかもしれない。

「ごめんなさい」

ただの興味本意。いつも彼を目で追っていたのも、自分とは違う新種の生き物を観察するようなもので。
一瞬彼が寂しそうな顔をしたのが見えた。でも、すぐにゴマアザラシに戻り、口を開く。

「そっか。」

掠れた声で一言だけ発すと、おもむろにポケットから携帯を取り出した。

カシャ

カメラモードなのだろう。聞き覚えのある機械音が重苦しい空気を和らげる。

何を撮ったのだろうか、気になりながらも聞けないでいると、彼が画面をこちらに向けてくれた。

「何撮ったか気になったんでしょ、花森さんってたまに分かりやすくなるよね」

映っていたのは私の顔だった。

「うわっ消して!」
「やーだ」

必死で相手の携帯を取り上げようとする私と、逃げる彼。
彼は180はある身長を活かして、手に携帯を持って、腕を振り上げた。