「リサには敵わないな。」


彼の悲しげな呟きが廊下の喧騒に消えた。


直人が怒ったところなんか見たことがないと、今更思った。



「あたしだってあんま言いたくないけどさぁ。
梢には梢の、直人には直人の、似合いの相手がいるんじゃない?」


あたし達のように汚れた女は、直人みたいに真っ直ぐな男に愛される資格なんかない。


だからどうしても、彼に対し、同情めいた感情が生まれてしまうのだ。



「ありがとね、リサ。」


なのに直人はいつもの笑顔を見せた。



「リサが俺のためを思って、優しさで言ってくれてるって、ちゃんとわかってるから。」


途端に罪悪感に支配される。


どうしてそこまで純粋でいられるのだろう。



「でもさ、俺やっぱ、梢が好きだから。」


恋愛は自由だと、道明さんが言っていた。


屈託なく笑う直人を見ていると、ほだされてしまいそうになる。



「わかったよ、もう何も言わないから。」


ひとつ息を吐いて、あたしは肩をすくめた。


今は少しだけ、直人のような綺麗な心に、梢の救いを求めてしまう。


不確かなものを恐れ、より暗い方を選ぶあたし達には、それは眩しすぎるものだけど。



「そういえば確か、今度練習試合でしょ?
応援には行けないけど、しっかり頑張ってね。」


「りょーかい。」


手を振ってその場を後にした。


いつか、一度くらいは直人の試合を応援しに行ってやろうと思った。