仕事を辞めるってこと?


けれど、喜ぶべきなのかもわからず、ドア越しにまで重苦しい空気が伝わってくる。


沈黙を破ったのは道明さんだった。



「わかったよ、もう何も言わねぇから。」


「…うん。」


「じゃあ俺帰るけど、無理すんなよ?」


「あぁ、わかってる。」


部屋を出ていく足音と、ドアの閉まる音が聞こえる。


それからしばらくして、寝室の扉が開いた。


あたしは目を瞑ったままに息を殺し、必死で寝たふりを貫く。


すると彼はこちらへと歩み寄ってきて、ベッドサイドに腰を降ろし、あたしの頭を軽く撫でて、そこに口付けを添えた。



「ごめんな、リサ。」


誕生日のあの日と同じ台詞。



「もう少ししたら全部終わるから、そしたらふたりでまた海にでも行こう。」


あたしが起きていると気付いているのだろうか、まるで語りかけるような言葉だ。


それでも反応せずにいると、彼の携帯が着信音を鳴らす。



「うん、うん、了解。
じゃあ引き続き頼むよ、俺もすぐ行くから。」


電話を切ると、タカの香りやぬくもりがふわりと離れた。


行かないで、なんて言えるはずもなく、ただ遠くなっていく足音を聞いていた。


夏の夜なのに、手足の先から熱を失っていく。