彼女は診察室から、彼女専用に設けられてある通路を通って部屋に向う。

 「後で・・。」

彼女はそう呟いた。僕は黙ってその姿を見届けた。
その時、後ろから声をがした。あいつだった。

 「ああ、もう嫌になるわ。」

また、いつものように愚痴だ。

 「・・・。彼女の顔を見ると?」

僕は彼女の対処は慣れていた。嫌いだが、ここでいる以上関わる以上は、そうするしかなかった。そうやって生きてきた。僕は情けない生き物だ。

 「いえ、もうそれは言い尽くしたし、貴方は”彼女”というのを止めないのね。」

灰皿の置いていないこの診療所監視室で煙草に火をつける。眼鏡越しに映る彼女、野口博士の顔は”Φ”とは対照的だった。

 「また失敗なのよ。」

頭をかきながら横にあった椅子に座る彼女は、あきらかにイラ着いていた。だから”聞き上手”な僕のところへ憂さ晴らしに来たのだ。
 彼女が呟いた意味はすぐに判った。”Φ”が産まれたその実験の時事故があったらしく、彼女は偶然による産物だという。今も同じ方法で実験を繰り返しているが、彼女のように知性や心を持ち備えたものは産まれてこないという。ただ彼女と同じ形をした”X”と同じ化け物が、研究室の巨大な試験管の中で暴れまわっているという。事故に何らかの要因が有ったのか、それは今も判っていないらしい。まるで何かに拒絶されているかの様だと、以前からずっと僕に愚痴っていたのだ。