海外旅行に行っている一週間の間に、康弘の自宅は新生活の為にリフォームを済ませていた。

自宅のリフォームの設計デザインは、全て建築デザインの仕事をしている康弘の手によるものだった。

一階の母親の部屋やリビングやキッチンは勿論バリアフリーになっていて、トイレやバスル−ムも身体の不自由な母親の千恵の為に特別に広く設計されていた。

二階は思春期の由美の部屋と、生まれて来る子供が成長した時の事を考えてスペ−スを確保しておいた。

そして、美恵と康弘の寝室は日当たりの良い南東に12畳分はあるフロ−リング張りの洋間に作り替え、ウォ−キングクロ−ゼットや夫婦専用のバスル−ムやパウダール−ムも設けた。

中学三年生の由美は残りの半年程を滋賀県大津市から、京都市の山科の中学校まで一時間かけて通うことになった。

美恵は身重の体ながらも、専業主婦と康弘の母親の介護に精一杯頑張った。

そして、美恵と幹男の離婚が成立して一年が過ぎたので、美恵と康弘は正式に入籍を済ませ晴れて夫婦となるのだった。