何も、クラブの先輩と言うだけで、
水嶋に見張られるような覚えはない、
という考えになっていたリュウだ。
「お節介かも知れないが、
お前、家に帰らなかっただろう。
もう親父さんが戻っている。
それでお袋さんが俺の家に電話をして来た。
まあ、お前の事は俺が良く知っている、
と思われているらしいから、
それは光栄な事だが、
昨日と言い今日と言い、お前一体何をしているのだ。
高校生だから余計なお世話だ、
なんて言うなよ。
お前、それほどに死んだ母親を慕っていたのか。
まあ、当たり前かも知れないが…
しかし、義理とは言え、
あの人はよくやってくれているのではないか。
いろいろ事情があるだろうが… 」
リュウは水嶋の、死んだ母親、と言う言葉に引っかかった。
母… 写真が一枚もない母。
自分を産んだと言う事は日本人ではない、
そうアメリカ人と聞いている。
名前はソフィア、ということだけしか知らない母親。
いきなりリュウの心が沈んでいた。
「僕は月足らずで生まれたから、
母の顔など覚えてはいません。
僕はただ彼女たちが嫌いなだけ、
訳なんかありません。
嫌いなんです。」
そう言ってリュウは、
他の少年少女たちがしているように道端に座り込んだ。
「リュウ… 」
リュウが母親の顔は知らない、と言い、
同じ目線の自分を避けるように座り込んだ事に、
水嶋は戸惑った。
その時の水嶋、
何故かリュウがとても幼い子供のように感じた。
考えてみればリュウのことはそれほど知らなかった。
いや、知ろうとまじめに考えた事もなかった。
リュウの事は中学から知っていた。
初めて意識したのは4年前の春。
電車を下りると疲れたような顔をして校門をくぐっていた。
それが高倉龍彦という,
しっかりとした日本名を持つ、
ハーフのように可愛い、小柄な少年だった。