「松本、・・・僕、そろそろ時効だと思うんだよ」
唐突に、末永がそう切り出す。
松本の表情は固いままだった。
「僕は君の能力がこのまま埋もれていくのはあまりに惜しい。
君の著書だって、君の有り余るほどの才能がさせている技そのものだ。
だから、そろそろ戻ったらどうだ?“先生”のところに」
松本は読んでいた本を右脇に抱え、
ソファから立ち上がった。
「本を借りる。来週には返す」
松本は末永の顔すら見ずに、部屋を出て行こうとした。
「最後まで僕の話を聞いてくれ!」
末永が珍しく声をあげる。
ぴた、と松本がその場に立ち止った。
「君は、・・・川橋さんから学ぶと良い。
あの子の思想や考えは、君にとってくだらなく見えるかもしれない。
だが、僕から見れば、
今の君にとって欠けている部分そのものを、彼女が持っている」
末永の顔は、その時ばかりは、いつもの穏やかな表情は消えていた。
眉間にしわを寄せて、険しい表情を浮かべながら、
彼は両手を握っていた。
「・・・話はそれだけか」
松本は踵を返した。
「彼女から学ぶ。確かに、他人である以上、
そこから自分が学ぶべきことは必ずある。ただ、末永、君に指図される謂れは無い」
松本は無表情のままそう言い放つと、
足早に部屋を出て行った。
ドアが閉める時、ばたん、と大きな音を立てて。