ここに赴任した時から。


ということは、もしかして。


「先生、もしかして先生が松本先生を連れて行ったんですか?」


末永先生は少し驚いたような顔をしたが、


すぐに笑顔になって、私たちの向かいのソファに座った。


「うん、そうだよ。確か僕が連れて行ったんだよね。


多分、僕が結構あそこのお店を広めたと思うよ」


先生は右手に持っていたコーヒーカップをテーブルの上に置いて、


足を組んだ。


「あそこはさ、大正時代から続いているお店らしくて。


マスターは気さくだし、料理はおいしいし。


特に、あの美味しいコーヒーがお代わり自由なんだから、


あそこの味を知ると、チェーン店とか行けなくなっちゃうよね。


松本はコーヒー大好きだから、あそこは相当気に入っているようだけど」


私の隣に座る咲は、嬉しそうにコーヒーを飲みながら、


うんうんとうなずいて話を聞いている。


咲の幸せそうな横顔、爽やかな先生の笑顔。


それだけで部屋の空気は、5月に近い外の陽気に似て清々しかった。


「そうなんですね」


「ところで、どうしてキミはそこのお店に松本が行っていたって知っているの?」


「あ、それは今日、偶然そのお店で会ったからです」


「そうなんだ」


末永先生は頷きながら、再びコーヒーのカップを手に取った。


「そうなんだねぇ」


気のせいか、末永先生は嬉しそうで、


歯の奥で笑いをかみ殺しているようにも見えた。