「それじゃあ、先に失礼する」


コーヒーで汚れたカップを右手に持ったまま、


松本は部屋を出ようとドアノブに手を掛けた。


「あぁ」


末永は顔をあげることなく素っ気なく返事を返す。


そんな彼を後目に、彼はドアノブを握る手に力を込めて、ドアを押す。


「あ、松本」


何かを思い出したのか、末永が声をあげた。


松本は返事をせず、ただ立ち止まっただけだった。


「今日出版社に行ったときに、会ったよ。”あの人”に」


松本は、見向きもしない。


末永に背を向けたまま、ドアノブを握りしめていた。


「・・・お前の才能、そのままにしておくのはもったいないと、僕は思うよ」


「それじゃあ、また」


「松本!」


そう呼び止めても、松本は今度は立ち止まらなかった。


ぱたん、とドアが閉まる音がした。


末永は小さくため息をついて、後ろにある椅子に倒れこむように腰かけた。


「もういいじゃないか、松本・・・」


そう独り言をこぼす末永の顔は、どこか寂しそうな目で、


ネオンで輝く夜の街を映す窓の外を見つめていた。