それは、過去に覚えた懐かしい感覚だった。
得体のしれないそれは、
まるで懐かしい友人に会うように、
親しげに話しかけてくる。
しかし、
彼は、懐かしさを覚えると同時に、
極力それを避けようとする。
味覚で言えば、きっと「甘い」に近い。
しかし、それは同時に、今だ消えない引っかき傷を残していた。
消そうとしても消えなかった。
だから、消そうとはしなかった。
その傷が出来て、随分時間が経った。
引っかき傷の存在すら忘れかけていた時、
再び思い出させられた。
ちくり、ちくり、とそんな疼きを伴って。
静かな教室。
そこに聞こえるのは、
机に突っ伏す少女の寝息。
未だ誰も教室には来ない。
教団に置かれた椅子に腰かける彼は、
その姿をちらりと一瞥した後、
青く澄みきった空に視線を移した。
目を開けていられないほどの光が、窓から差し込んでくる。
彼は不意に、軽い笑いが口元に浮かんでいるのに気がつく。
何故、こんな笑いが込み上げてきたのだろうか。
彼にすら分からない。
懐かしいそれに再会したからだろうか。
それならしばし、その再会を喜ぼうか。
それとも、そこに伴う痛みを、しばし味わおうか。
痛みだけでは少々苦しいけど、
甘さもあれば、むしろ楽しめるのかもしれない。
そんな取り留めのない事を考えながら、
彼は健やかな寝息を立てる少女の隣に立った。