松本はこの大学の教授ではなく、非常勤講師である。
非常勤講師にあてがわれる部屋は、
教授や助教授のような立派なそれではなく、
広い部屋に、机が1つと、コーヒーメーカーがあるだけの、
相部屋だ。
幸い誰もいないその部屋に入って、
彼はコーヒーを再度淹れつつ、
椅子へ座りこむ。
そして、
末長から借りた、分厚い本を机の上に置いた。
哲学。
かつて、ヨーロッパ中世においては、3大学問だったそれは、
彼にとってみれば、
魅惑的な世界だった。
人間が作り出したカオスの中で、
真理を探究していく。
そもそも、人間が勝手に作りだしたカオスなのだから、
真理などそもそもないのだろう。
しかし、それでも、
先人達が絞り出した知恵を味わい、
それを基にまた自らも知恵を生み出すその過程が、
彼にとってみれば至福の時だった。
しかし、今。
彼は、今まであまり読んだことのない分野に手を出そうとしていた。
きっかけは、そう、あまりに些細な出来事。
しかし、それはまるで、喉に引っかかった魚の小骨のように、
彼の頭から離れていかない。
「・・・ふん」
あざ笑っているのか、苦笑しているのか、
彼ですらも判別できない笑いを浮かべ、
彼はコーヒーを片手にその本に手を伸ばした。