「・・・いいじゃん、安かったんだし」


「佳子ってさ、絶対店員になった方が良いよ。その強引さ、凄すぎる」


「一応褒め言葉として捉えておきます」


店を出たら、すっかり外は暗くなっていた。


すれ違うカップルたちは、暗闇に紛れて、手をつなぎ、腕を組み、


まるで見せつけてくれるかのように、通り過ぎていく。


一方、隣で歩く咲は、不満そうな顔をしてはいるものの、


時折、少し嬉しそうに笑う。


そんな咲を見ていると、とても羨ましく感じる。


恋する乙女ってこんな感じだったっけ。


偉そうに大人目線で恋のアドヴァイス的な事をしてしまったが、


くるくると表情を変える咲を見ていると、


そして、楽しそうに手をつなぐ恋人たちを見ていると、


ちょっとだけ、焦燥感を抱く。


ふと、自分の心を覗く。


何だか、軽い。


何も入っていない、そういう軽さだ。


何だろう、この感覚。


恋をしていないからなのだろうか、


・・・欲求不満、・・・と言うわけではないと思うが。


「・・・はぁ」


吹きつけてくる風は、もう冬の気配を残していない。


穏やかな温かさが、少し火照った頬に心地よかった。


「もう、すっかり春だね」


「ん?そうだね、・・・どうしたの?」


柄にもなく、感傷的な事を述べてしまったからだろう。


「ううん、何でもない」


顔を上げて、群青色の夜空を仰ぐ。


点々と輝く星たちの光は、柔らかい。


もう、春も過ぎ去っていくのも、そう遠くない。


初夏の風が吹き抜けて行く時には、私の右手をつないでくれる人は現れるだろうか。