淡い思い出に胸を焦がして、


私は、今、


キャンパスの講堂の前に立っていた。


キャンパスへ続く道の両脇に桜の木が並んでいる。


やっと桜の花が開きだした今、


これが満開になるころに、


私は、もういない。


この中にあの人がいる訳がなかった。


そう、もう会えないんだ。


あれが、最後だった。


他愛ない言葉が交わされた、最後の時。


ドラマチックなことがあったことわけでもない。


手をつないだりしたことも無いし、ましてやキスなんて。





でも、それでも。








私は、幸せだった。


先生が目の前で笑っている瞬間を、


この目に映せるだけで。


ううん。


違う。


先生が幸せなら、私はそれで良い。


私がいなくなっても先生がそのまま幸せでいられるのであれば、


本当はそれで満足。



あぁ。


こんな感覚。


生まれて初めてかもしれない。


見返りさえ求めないその感情の名を、私は知っている。




桜の花びらが、ひらり、と1枚、私の目の前を舞う。


涙をこぼすのは未だ早い、そう言われたような気がした。


桜の花びらを載せて、私を囲む春の風は、温かく甘い香りを漂わせる。


それでいて、どこか爽やかで、鋭くて。


そう、あの人がいつも身に纏っていた香りにそっくり。


「先生・・・」


講堂へと続く道の端に置かれた、誰も座っていないベンチに向かって、私は声をかけた。


行き場を失った言葉は、


ただ、所在なさげに宙を舞う。


ひらひらと舞う、桜の花びらとともに。











先生。


見返りを求めない感情を抱き続ける事の出来た幸せ、


私は知ることが出来ました。


でも、先生。


先生はどうですか。



「・・・教えてくれませんか?」