「・・・なんで、ここに?」
「いいじゃん、ほら、これどう?」
私たちは、駅ビルの中の化粧品売り場にいた。
「やっぱりさ、大人には大人アピールをした方が良いと思うんだよね」
「何よ、その大人アピールって」
咲は、ほとんど化粧をしない。
まぁ、化粧をする必要が無い、と言えば必要が無いのだろう。
まつ毛は長いし、肌は雪のように白いし、
何だか、良い匂いもするし。
本人いわく、シャンプーの匂いじゃないかな、とか言ってのけるところが、
これまた天然小悪魔な部分だ。
「よく考えてみて?」
私は、嫌がる彼女の唇の上に、無理矢理、綺麗な薄いピンク色のグロスをのせる。
つやつやと輝く唇が、妙な艶やかさを醸し出している。
突然、唇だけなのに、幼さから大人への変化に、
何故かこちらがどぎまぎしてしまった。
「ん?で、何を考えるの?」
我に帰った私は、慌てて続きを喋り出す。
「あ、う、うん。そう。だからさ、相手は、私たちより大人じゃん?
だからさ、これまでの恋愛も、大人を相手にしているわけよ。
おままごとの恋愛しかできない相手だとしたら、相手になんかしないって」
「・・・うー・・・。佳子がそう言うと、なんか説得力があるような」
苦虫をつぶしたような顔をして、咲はグロスの塗った唇を、
鏡で確認した。
「さすが、似合うね。可愛い」
「そう?」
「グロスをお探しですかぁ?」
鼻にかかった甲高い声で、店員がようやく話しかけてきた。
「はい。というか、もうこれ買います」
「ちょ、何勝手に」
「ありがとうございますぅ」
店員はまるでロボットのように、自動的にそれを手にとって、
レジまでさっさと歩いて行ってしまった。