「でも、先生も人が悪いですよ」 


目の前で涼しげな顔をする末永先生には、


多少の文句を言う必要はあるかもしれない。


「・・・そうかな。あぁ、でもキミに感謝していることは伝えていなかったね」


「どういうことですか?」


「いや、もちろん僕たちの時間を作ってくれたってことももちろんだけど」


末永先生がコーヒーカップに手を取る。


ふわ、とコーヒーの香りが漂う。


あれ。


このコーヒーの香り。


「まぁ。・・・そうだね。今は止めておこうか」


そう先生は言って、コーヒーカップに口をつける。


「先生」


「ん?」


「それ、松本先生がこの店で飲んでいたコーヒーとは少し違うんですね」


私がそう言うと、


末永先生は少し驚いたように私を見ていたが、


すぐに嬉しそうな顔になった。


そして。


「あぁ。本当に川橋さんには感謝しているよ」


「えぇ?全然意味が分からないんですが」


「そのうち分かる。ね、咲」


“咲”。


そう呼ばれた咲は、私に向けるものとは違う笑顔で、


先生を見ていた。


咲、すごく幸せそうだ。


その顔は、2か月前くらいに、


デパートで無理やり買い物をさせた帰り道に見せたそれと同じだ。


あぁ、幸せな恋って人にこういう顔をさせるんだ。


私はそんな二人を見ているだけで、とても幸せな気分になれた。


純粋に幸せな気分、本当にそれだけだった。


私はその時すっかり忘れていた。


以前はその時に、かすかに心のどこかで、ちくりと痛みを感じていたことを。