メガネをはずしながら、その人はその本を閉じて、


小脇に抱えた。


そして立ち上がったが、その人も私の方を見ている。


何か言わないと。


焦る私は、朝の挨拶すら忘れていた。


「・・・あ、・・・いつも、そこで本を読んでいるのですか」


「えぇ。午前中の空き時間はここで」


松本先生はメガネをジーパンのポケットに入っていたケースに閉まって、


ゆっくりと歩き始めた。


私の前を通った瞬間、また、あの甘い香りがふわっと香った。


白いシャツ、


ジーパン。


先生の後姿は、先生の無表情の顔より、


“表情”を持っているような気がした。


「・・・遅刻扱いにされたくなければ、急ぎなさい」


先生が立ち止って、私の方を向く。


その瞬間、緑の葉が、一斉にざわ、と騒ぎ始めた。


「は、はい!」


私は急いで、先生の後を追った。