窓側の席にたたんで置いてある、黒いカーディガンのポケットから、チョコレート一粒とビニール袋を取り出す。

 このコンパートメントは4人用なのだが、幸いなことに空席は他に十分あるみたいだ。チョコレートの包み紙を取って、それをビニール袋に入れる。

 袋には、法律で定められている『土に返りますよ』というマークがついている。

「峻(しゅん)、グラスゴーまでどれくらいかかるって言ってた?」

 眠そうに座席で身を丸めている透(とおる)が、ふと顔をおこして聞く。

「僕、もう酔いそうなんだけど」

「2時間ちょっとだってブラウン先生は言ってたぜ。酔い止めの薬なら俺も持ってるけど」

 僕も持ってるから大丈夫と言って、要は再び顔をうずめる。

「……いい薬、やるよ」

 自分で食べるつもりだったが、俺は指先でつまんでいたチョコレートを透に差し出した。

 同い年だと言うのに、顔も性格も女みたいな透はどこかひ弱で、弟を持ったみたいな気分になる。俺には兄弟がいないから、よくわからないけど。

 ありがとうと言って、透はチョコレートを受け取って口にいれる。

「それにしても、なんで修学旅行にグラスゴーなんだろう」

 再び目を閉じて、透がグチをこぼす。

「やっぱ校風だろうな」

 芸術のロンドンより、経済のグラスゴーか。いかにもチューリヒインターナショナルスクールの修学旅行って感じだ。

 ただ、外に出ない分音楽や絵が好きな透で無くても、多くの生徒はうんざりだろうけど。