痛む胸には気付かないふりをして、あたしたちは教室に着くまで談笑を続けた。
次は確か、数学だった。
皇鈴は理系科目の進度がやたらと早く、内容もかなり難しい。
……数学が特に苦手なあたしにとっては、最悪の環境と言えるのだ。
「まぁ、今日もお美しい…」
ほぅ、と華苗が頬を赤らめて呟いた。
廊下で立ち止まった彼女の視線の先には、たくさんの生徒に囲まれた1人の先生がいた。
隣では繭も同じように、うっとりとした目をしている。
「とても格好良いですわ、先生…」
皇鈴学園には、有名な男性教師がいる。
名前は、蕪城 美葛(かぶらぎ みくず)。
担当科目は今から授業がある数学で、去年赴任してきたばかりらしい。
女の子みたいに可愛い名前とは裏腹に、180cm以上の長身。
芸能人も顔負けのはっきりとした目鼻立ちに、少し吊り上がった瞳。
キャラメルブラウンの髪が一房顔に掛かり、他はなめらかに撫で付けてある。
薄い唇を割って出るのは、紳士的な言葉遣いに柔和な微笑み。
つまり―――ものすごく、イイ男だ。
「きゃあっ!蕪城先生よ!」
「まぁ本当だわ!先生、今日も素敵ですわ!」
………この時ばかりは…周りの皆がお嬢様なんかじゃなく、ただの肉食獣に見える…。
『(あー怖い怖いっ…)』
廊下で立ち尽くし惚ける2人を余所に、あたしは足早に教室へ駆け込んだ。