このお嬢様学校では一度たりとも聞いたことがない―――俺、という一人称。
男性の教師だって皆、私か僕っていうのが普通だ。
なのに。
『…………蕪城、先生…?』
まさか蕪城先生の口から、それを聞くことになろうとは。
「なに驚いてんの?赤城サン。昨日あんな格好であったんだから、今さら驚くことねぇだろ」
きょとんと不思議そうに首を傾げ、蕪城先生が言った。
……昨日の、って…。
あの人やっぱり蕪城先生だったってことぉ!?
『なっ、ななっ…せっ…せんっ…!?』
「おーおー、だいぶ混乱してんな」
他人事のように言うと、蕪城先生は腰掛けていた机から立ち上がった。
そのまま、扉に向かう。
『……?』
「ボサッとしてんなよ、赤城。移動だ、移動」
蕪城先生は緩んでいたネクタイを慣れた手付きで直すと、にこりと笑った。
「赤城さん、数学教官室に行きましょうか」
……笑顔の仮面を貼り付けて、軽やかな足取りで廊下を進んで行った。
『…はっ!』
あまりの変貌ぶりに唖然として固まっていたあたしは、慌てて先生の後を追った。