静まり返った会場に、怒りに震えた声が響いた。
「………だったら、なによ!?!?あなたがたとえ正論を言ったところで、婚約は解消されない!!!わたくしのお父様がそれを許さないわ!!!」
蕪城先生はどこか楽しそうに、スッと目を細めた。
ポケットに手を突っ込んだかと思ったら、取り出したのはタバコとジッポだった。
……なにしてるの、先生。
「…はぁー。久しぶりに吸うと美味ぇなァ」
独り言のように呟くと、蕪城先生はマイクを口元に運んだ。
一体なにが飛び出すのかと、思わず身構える。
「悪ぃけど、俺には好きな女がいるんだ」
えっ…!?
「だからお前との婚約はナシ、な」
気の所為かもしれないけど、蕪城先生がこっちを見ていた気がした。
慌てて先生を見るともう胡桃坂さんに向き合っていてから、ただの見間違いかもしれない。
「っ、だから…!!そうだとしても、婚約はっ!!!!!」
「え…絵理子っ!!」
恰幅の良い中年男性が、転がるような勢いでステージに上がった。
着ているスーツはきっと上物なのに、男性は脂汗をかいていてどこか勿体無かった。
「…っお、お父様!?な、なぜここに!?」
胡桃坂さんのお父さん!?
言われてみれば白髭を蓄えていて、いかにも社長らしい風貌だった。
ざわざわと会場が騒がしくなる中、胡桃坂さんが何事かと問い詰める前に。
「く…胡桃坂絵理子と……蕪城美葛くんの婚約は、たった今を持って解消とする!!!!!」
ごとん、と。
胡桃坂さんの手から、マイクが滑り落ちた。