「あの家には俺は必要ないんだよ。
あそこにはアイツがいればいいの。
出てくるときにそう言われたじゃん。」
航くんの声からは、すでに何の感情も感じられない。
怖いくらいに無機質で、淡々とした響き。
「向こうが何を言ってきたって、今さら行く必要なんてない。」
「でもね、航……」
「ほら。また戻らなくちゃいけないんでしょ?早く行ったほうがいいんじゃないの?」
何かを言いかけたおばさんを遮って、話を終わらせようとする航くん。
「……帰って来てからゆっくり話しましょうね?」
……また、か。
時々。それこそ年に何回かだけど、こういうことがある。
おばさんと航くんの言い争い。
噛み合わない意見。
食い違う感情。
このときだけは、航くんは絶対に引き下がらないから。
航くんは、私には何も言わない。
言わないけど、私はちゃんとわかってる。
航くんにとっての唯一のタブー。
“成海”の家のこと。