航くんは最初から、
私を名字では呼ばなかった。
自己紹介をした直後には、“みさき先輩”だった。
そして、
自分のことも名字では絶対に呼ばせなかった。
―――…………
――……
「名前、なんて言うの?」
他学年の自己紹介なんて聞いていなかった私は、何度目かの委員会のとき航くんに聞いたんだ。
「航!」
待ってました!と言わんばかりに、航くんはぱあっと顔を輝かせて答えたっけ。
「コウ……?」
「はいっ。『航海』の“航”!」
にこにこしながら説明する航くんに、
「いや…下の名前じゃなくて、上の……」
私は名字を聞き出そうとした。
ほとんど面識もない男の子を名前で呼べるほど、私はフレンドリーな性格じゃなかったから。
「あー、名字はまだ慣れなくて。
……変わったばっかりだから。」
一瞬だけ、航くんの顔が曇ったのがわかった。
「……え?」
「だから、名前で呼んでもらってもいいですか?みさき先輩。」