望みがない恋愛はしたくないし、佳奈が好きになったらそれ以上に好きになってほしい。
メールも電話も毎日するし、けっこう束縛もする。浮気なんて絶対絶っ対許さないし佳奈だけを見てくれなきゃイヤ!
でも佳奈が好きになったのはみんなの王子様。
少しくらいの浮気なら我慢しようと思った。
「由希おはよ」
勇気を出して朝の挨拶をしてみた。ってかちょっとでも話したくて待ち伏せしてたのは秘密。
由希は下駄箱で靴を履き替えながらチラッとこっちを見た……けど挨拶は返ってこなかった。
佳奈はめげない。王子様は冷たい人だって知ってるもん。
「ねー昨日廊下ですれ違ったんだけど分からない?ほら、腕掴んだじゃん!こんな風に」
そう言って由希の腕を掴んだ。これも実は作戦。
自分で言うのもなんだけど佳奈はけっこう男受けする方だ。
顔だって可愛い方だと思うし、こうやって誰でも関係なくスキンシップしたりする。
それが思わせ振りとかも言われるけど佳奈にとって普通のことだし男の子は女の子に触られて嫌な人はいないでしょ?
でも王子様は見た目だけじゃなくて中身も他の男とは違った。
由希は嫌そうに手を払った。昨日と同じだ。スタスタと歩きはじめる由希を必死に追いかけた。
「ねーシカトしないでよ。あっ私佳奈って言うの。2年だよ」
それでも由希はなにも言わずに階段を登って行ってしまった。
な、なにあれ……!佳奈が頑張って話しかけてるのに。
っていうか、冷たいにもほどがあるよ。佳奈なにも悪いことしてないし仲良くなりたいだけなのに!
心の叫びを教室で優芽にぶちまけた。
そしたら「由希は遠回しな女は嫌いだよ。仲良くなりたいなら直球でいかないと」って言われた。
遠回しって……普通に好きになってもらえるために努力してるだけなのに。
でも由希と仲良くなりたい。
由希に触りたいし、欲を言えば触ってほしい。
だって好きなんだもん。
由希はけっこう神出鬼没。学校も朝から来てる時もあれば遅刻してきたり、休み時間に教室に行っても全然いない……!
どうしても由希に会いたくて、なんとなく屋上に行ってみた。なんか王子様って暖かい場所が好きそうだから。
太陽の光とか。今日はすごく快晴だし青空で日光浴してたりして……?
いつも佳奈の予想は外れるんだけど今回は見事にビンゴ!
屋上に行ったら王子様は仰向けになって空を眺めていた。しかもライバルはいないし屋上には由希と佳奈だけ。
これって大チャンス到来?
「由希見っけ」
寝ている王子様に近づいた。王子様は今日も不機嫌だった。
ううん、不機嫌じゃない時なんてないんだからもう由希はこういう人だって受け入れなきゃ。
大丈夫。こう見えて佳奈は心が広いから。
「ここに来れば由希に会えると思って。もしかして佳奈ってエスパー?」
由希からの返事はまた返ってこない。佳奈って透明人間じゃないよね?
「ねえ、由ー希ー。佳奈のこと見えてる?」
そう言って由希の顔の前で手をヒラヒラとさせた。王子様は余計に嫌な顔をした。
「なにか嫌なことでもあったの?」
なんか今日の由希は元気がない。いつもこんな感じだけどなんとなく落ち込んでるように見えた。
今日の佳奈の予想は当たるんだからきっとこれも当たってるはず。
「うるさい黙れ」
由希から久しぶりに返事が返ってきた。っと言っても今まで『うざい』と『うるさい』しか言われてないけど……。
それでも佳奈は嬉しかった。
〝由希は遠回しな女は嫌いだよ。仲良くなりたいなら直球でいかないと〟
優芽の言葉を思い出して佳奈も直球で行くことにした。きっと由希はやり過ぎぐらいの女じゃないと見てくれないから。
佳奈は大胆に寝ている由希にまたがってみた。
「おい、重いし止めろ」
また返事が返ってきた!
優芽の言う通り王子様には直球だ。佳奈は勇気を出して王子様にキスをしてみた。
普通は王子様がお姫様にキスをするけど普通じゃないからそんなの気にしない。本当は佳奈だって誰かのお姫様になりたいけど。
できるなら由希のお姫様。
由希はキスをしても嫌がらなかった。腕を掴んだらいつも払うくせにキスは拒まないんだ。
そういえば優芽が言ってたな。
由希は面倒なことは嫌いだけど、なにも求めなければ誰でも受け入れてくれるって。
なにも求めなければって…例えば愛とか?
由希の彼女になりたいとか?
言い方変えて佳奈だけの王子様になってもダメ?
でもいい。今はいいの。
佳奈は由希に触りたい。
たぶん由希はなにかあったんだと思う。顔が少しだけ寂しそう。それなら佳奈が慰めればいいんだ。
「嫌なことは楽しいことをして忘れちゃおう!」
そう言ってシュルッと制服のリボンを取った。普通男はドキッとするはずなのに由希はこっちを見ようとしない。
次はパチンッと制服のボタンを外した。やっぱりこっちを見ない。
由希は今なにを考えてるのかな?
佳奈は由希だけのことを考えてるのに。
なんとなくムカついた。それは由希が佳奈のことを見ないからじゃない。
由希の頭の中に違う女がいる気がして。
王子様は誰にも本気にならないはずなのに。
「由希、楽しいことしないの?」
「するなら勝手にしろ」
……え、していいの?
胸がドキドキした。
由希は佳奈のものじゃない。
きっときっとこれからも佳奈のものにはならない。
シュルッ……。由希のネクタイをほどいた。
王子様はみんなのもので、本当は佳奈だけを見てほしいけどそれはたぶん叶わない。
でも今だけは佳奈を見て。
頭にいる誰かのことは忘れて。
でも由希の頭からその人は消えてくれなかった。
「きゃ……っ」
由希の上にまたがって満足させる気満々だった佳奈の腰を由希が急に掴んだ。
勢いよく起き上がった由希はなにか真剣な顔をしていた。
「由希……どうしたの?」
その返事は返ってこないまま由希はズボンのベルトを閉めて屋上を出ていった。
ポツンと一人屋上に取り残された佳奈は制服を直して由希が寝ていた場所で同じように寝てみた。
由希はここでなにを見て、どんなことを思ってたんだろう?
途中でなにも言わずにいなくなった佳奈の王子様。なんだか女としてちょっと傷つくなーなんて空を見て呟いてみたり。
でも王子様がいなくなった理由は佳奈に原因があるんじゃない。
佳奈が勝てなかっただけ。
由希の中にいるお姫様に。
佳奈はこれでも自分の思い通りになってる人生だと思う。
一目惚れした人とは必ず付き合えるし彼女にしてもらえた。
それが例え1日だけでも、ヤっただけで振られても佳奈は一瞬でもその人の彼女になれた。
だけど今佳奈が恋をしている人は1日でも彼女にしてくれない。ヤることさえ王子様は佳奈を拒んだ。
好きな人を追いかけるのは嫌いじゃない。
でも絶対その人は佳奈を好きになってくれた。今までの人は。
王子様は追いかけても追いかけても逃げていく。男なら沢山いるし、佳奈だってもうハッピーエンドにならない恋は嫌。
でも佳奈は気づいた。
自分が意外と負けず嫌いだったということに。
目の前で、しかも行為中に女に負けた。
目の前にいるのは佳奈なのに、
頭の中にいる人に負けたのだ。
女として、今まで思い通りにいってた佳奈にとってこれほど悔しいことはなかった。
絶対負けたくない。
佳奈だって女だもん。
好きな人のお姫様になりたいもん。
学校が終わって放課後、少しだけ佳奈はしょんぼりしていた。どうしたら由希ともっと仲良くなれるんだろう。
校門付近で他校の生徒がたまっていた。その中に由希の姿が。
「あー由希ー!」
思わず大きな声が出た。
だって1日で2回も由希に会えるなんて。いつもどこを探してもいないのに。
佳奈は諦めない。絶対に由希を佳奈だけのものにしたいよ。
「また会えるなんて超エスパー!ねえ、これから朝の続きしようよ」
絶対佳奈だけを見てほしい。他の女なんかに負けたくない。由希はいつもみたいにシカトして歩き始めた。
「由希待ってよー!」
――パンッ!!
と、その時。鋭い音と一緒になにかが電光石火みたいに飛んできた。
「……っ」
それは由希の後頭部に当たって、カラカラと空のペットボトルが佳奈の足元に転がってくる。
「ゆ、由希大丈夫?なんか今飛んできた……」
後頭部を押さえている由希に近づいた。なんかその姿が可愛くて珍しかった。
って、こんなことを思ってちゃダメだよね。由希はこんなにも痛がってるのに……。
でも一体誰が……?
由希は佳奈の足元にあるペットボトルを手に取って後ろを振り返った。なんだかもう犯人が分かってるみたい。
「加藤くんジュースおごって」
校門にいた他校の生徒の一人が言った。
背が小さくてすごく小柄な女の子。黒髪であまり化粧をしていない。佳奈から見れば少し地味な子だった。
加藤くんって……由希のこと?
由希の名字は冴木だよ?
「てめえ……」
由希はそんなことを全然気にせずに女の子に向かっていった。
佳奈は気づいた。
この二人には二人しか知らないことがあって、佳奈なんか由希に喋ってもらえるだけで嬉しいのに、どんな形でも由希から女の子に近づいていった。
きっと、由希の頭の中にいた女はこの子だと思った。
確信はないけど絶対そうだと思う。
今日の佳奈の予想は当たるの。
だから絶対、絶対にそうだ。