「ここで働いてるのか?」

見知っているかのように
カウンターのなかを動き回る惺に
圭介が尋ねかけたとき

女の黄色い声が飛んできた。


「あー!
 セイ、カウンター入ってる!
 私にもなんか作ってよぅ!」


明らかに計っていたとしか思えないタイミングでやってきた派手な巻き髪の女が甘えた声を出す。


惺はチラリと女に目をやり、甘い笑みを浮かべたまま、手元に視線を戻した。


「また今度ね。

 遊びで来てるだけだし
 オトモダチサービス中だから
 お客さんに出したらオーナーに怒られる」


あっさりとした返事とともに
オーナーだというさっきの男を呼んだ。



「惺、お腹すいた」



一部始終を興味なさげに見ていた霞月がぽつりと言うと、惺は「ハイハイ」と返事をして手を動かす。



「――お前も偽名があるのか」



「も? 他に誰かいましたっけ?」


にっこりと笑みを張りつけて
あくまでもしらを切りとおすつもりらしい。


「それにアレは無学なオーナーが俺の名前を読み間違えたのを意地になって訂正しないから、お客さんが勘違いしてるだけ」



「だーれが無学だよ」


ぬっと現れた男がどすの利いた声とともに惺の脇腹を小突いた。


「自分はK大とか行ってるからってえらっそうに」


「は? K大?」


全国的にもかなり有名な大学だ。
偏差値も高いし、名前の知れた教授も多い。


「K大学、理工学部、理数学研究科
 修士2年」


つまらなそうに横から解説をいれた霞月が再び「ねえ、お腹すいた」と惺をせかした。


「ツキヒメ、ご機嫌斜めだね。
 なんかあった?」


惺は苦笑しながら
霞月の前にチョコレートとドライフルーツの盛り合わせを出した。

そして圭介の前にもナッツがのった皿と、琥珀色のグラスを並べる。