突然

ポンと節張った手が
彼女の頭に置かれた。


霞月は驚くでもなく
その人物を仰ぎ見る。


「ぜんぜん聞いてなかったでしょ?」


霞月の髪をなでる惺が
わざとらしくため息をつきながら
そこに立っていた。


気がつくと演奏は終わり
かわりにBGMが静かに流れていた。

霞月の間にあった奇妙な空気からの解放に圭介は一人安堵した。



「聞いてたよ、間違えてた」



「なんでそんなとこばかり聞いてるかな」



苦笑して肩をすくめる彼を見上げながら、霞月はいたずらっぽくニッと笑って見せる。

霞月の髪を撫でたままの惺が
ふいに圭介をみた。


「ああ、センセー、こんにちは」


校門で会ったときと同じようににこやかすぎる笑みが圭介に向く。


「なに飲んでるんですか?」


圭介の前に並ぶ二つのグラス。

惺がどっちのことを指して言っているのかはわからない。

そもそも圭介は自分がなにを頼んだのかすら覚えていなかった。


「え?あー……」


(マジでなんだったっけ?)


さっきの霞月とのやりとりや
突然現れた惺の存在にドキマギして
目の前にある自分の飲み物のことなどどうでもよかったのだ。


「ソルティードッグとか、そんな色かな」


妙なことで焦っている圭介を横目に
物腰の柔らかい笑みでクスリと微笑み、目の前に並んでいた霞月のグラスを指先でつまみあげる。


「俺なにか作りますよ?」


彼女の頬を撫でながら、髪に絡めていた指を離し、カウンターへと入っていく。