重厚な装いの扉の前に立ち
チャイムに指を伸ばす。

見た限り、明かりのついている部屋はなさそうだったが、念のためだ。


ピンポーンという
間延びした音を聞きながら
気付かれない程度にため息を漏らす。

いくら霞月のことが気になると言っても
あくまで仕事だ。

大学を卒業し、あの学校に着任して
二ヶ月も経っていないのに
やっと出てきた不登校生徒が
目の前で倒れて
病院にまでつき合うなど新任の圭介には重い仕事だった。

帰ったら発泡酒じゃなくてビールをあけようなどとくだらない決意をした。


数十秒待っても人が動く気配はなく
やはりいないか、と諦めの色を浮かべ
隣りに立つ霞月に視線を下ろしたとき

玄関に明かりがともった――…



ビクンッ

それに反応したのは圭介ではない。

とたん霞月は顔をこわばらせ
唇を噛みしめた。


「――どうし……」


訝しみながらなにかを言おうと
口を開きかけたとき

ドアがゆっくりと開かれた。


あわてて視線を上げる圭介の前に現れたのは若い大柄な男だった。


「――どちらさまですか?」


出てきたのは霞月の兄のようだ。

たぶん圭介よりも少し若そうな彼は
霞月とは反対に

日焼けした肌と短い髪の持ち主で
柔道でもやっていそうな
がっちりとした体格だが

その繊細な顔立ちは
美男美女の兄妹と言って間違いなかった。


半分も開けられていないドアの隙間から
見えているのはたぶん圭介だけだろう。

爽やかで温厚そうな表情の中に
不思議そうな色が混じっている。


圭介とって初めての家庭訪問となるこの機会に
少しだけ手に汗を握りながら
生徒の家族に丁寧に挨拶をした。


「私、霞月さんのクラスの副担任の
 高梨と申します。
 じつは今日学校で霞月さんが
 倒れられましたのでお送りしました」


そう言いながら
隣りの霞月に視線を降ろす。

その先で白い左手がギュッと拳を握ったのが見えた――…



「……相馬?」




その声に反応したかのように
パッと顔を上げた霞月は

初めて圭介をまっすぐに見つめた――…