圭介が車を発進させたのは
もう陽が落ちたあとだった。

車の窓から見える景色は薄暗い。

星が瞬き始め

帰宅途中の会社員たちが少し
また少しと増えていく。


霞月の家は
オフィス街を越えた先にある
閑静な住宅街の中にあった。

都内でも有数の一等地として知られるその場所は、昼間の番組などではセレブの街として紹介されていたりする。



車に乗ってからも
圭介は暫く話しかけたりしていたが

霞月は少しも相手にしようとはせず
虚しさとばかばかしさが増すまかりで

結局、車の駆動音だけが響き続けた――…




そんな沈黙を破ったのは霞月自身だった。

車が相馬宅に着く最後の角を曲がったところで
黒い双眸が圭介に向けられた。



「本当にうちに誰もいなかったの?」



その声はあまりにも儚げで
ともすれば聞き逃してしまいそうなほどだった。

圭介は横目で彼女の様子をうかがう。


真っ黒な瞳に浮かぶ感情は
やはり読み取れない。


「――留守電だったよ」


けさりげなく返事を返すと

霞月は「そう」とつぶやいて
また窓の外に視線を移した。



彼女の家は
そのあたりでも突出して大きな一軒家だった。


家の前に車を停めたが
霞月はすぐには降りなかった。

しかたなく圭介が助手席のドアを開ける。

すると無言のままの彼女は
まるで猫がソファから降りるかのような
なめらかな動作で

スルリと

助手席から降りた。


どことなく霞月を取り巻く雰囲気に違和感を覚える。

しかし
顔に浮かんでいるのは
目に映る我が家に何の感慨もなさそうな
無表情だ。

それにもかかわらず

ひどく心細そうにも見える――。



無性に

霞月が見ているものが知りたいという気持ちに襲われた。


景色を反射しているはずの彼女の瞳は
それよりももっと暗い色をしている。

隣に並び
同じように大きな家に目を向けてみる。




――が、


そんなことをしても

霞月には近づけない……



と思い知ったのは



もう少しあとのことだ――…