「その程度だったんだ。これじゃ、鈴を大事なんて
言えないんだ。」
「そんなこと・・」
「例えば、鈴が風邪を引いても一緒に居てやれなかった。」
「風邪はひかなきゃいいよ。」
アメリカと日本なんて遠くないんだよ?
飛行機で行けば会いに行ける。
それをしなかったのは私。
結局、そこまでしないで逃げたのは私なんだ。
「鈴、ごめん。」
「謝らないで。」
自分が惨めになるとかそんなことよりも、
「お兄ちゃんに謝られる資格なんてないから。」
待ってられなかった私を責める。
「鈴?」
眉を下げて困ったように聞くお兄ちゃんに
言葉を発したのはそのあと。
「私はそこまで出来た人間じゃないんだ。」
「・・・・・・・・」
「嫌いになったわけじゃない。」
それは小さな反抗と言ってもいいだろう。
「ただお兄ちゃんを待ってられなくなったの。」
もう傷つくのは嫌だった。
どんなに嫌なこと言われたって泣かない。
どんなに惨めな立場になってもそれでも泣かない。
ただ自由に生きることが出来るならそんな人生
を歩みたいと思い始めた。
「それはどういう意味?」
「あのお家にはもう帰らない。」
「・・・・・うん。帰らなくていいよ。」
俯き加減のお兄ちゃんは言葉を詰まらせた。
「そしたらお兄ちゃんって呼べなくなる。」
「ッ・・・」
「お兄ちゃんだってその方がいい。」
私自身の気持ちよりもお兄ちゃんの気持ちが大事。
私にはそれが優先事項なんだ。
「お父さんは好きにしろって言ってた。」
あの日、家を出てから一度だけ父と通学路で
再会した。
もう会うことはないだろうと思ったあの人は、
嫌でも私のお父さんだった。