話しはとんとん拍子に進み、引越しの日も決まった。

今まで予定のなかった私は、バイト先のパン屋で休みを取る機会がなかった。
希望シフトはいつも白紙のまま提出していた。

引越しの日に、はじめて「×」を書いた。

店長は少しびっくりしていたが「今の家あきたので引越しします」と言うと、フリーターなのにリッチだねと嫌みをかまし、休みをくれた。
……腹立つ。

引越しの日まで、渉くんと何通ものメールのやりとりをして、私は渉くんへの気持ちをますます膨らませていった。


そして引越し当日。
一年近く暮らしたアパートにお別れをして、荷物がつく一時間前に着く様にマンションへ向かった。

初夏の日光で湧き出る嫌な脇汗も「念願の彼氏(予定)」を想うと全く気にならなかった。

マンションが見えてきた。
弾む気持ちで階段を駆け登り、あらかじめもらっておいた合い鍵を使い、新居の扉を開けた。