彼女が自分の気に入った貴族の娘に成りすますことにより、そして自分の命令に従うことにより、彼は満足していた。
「あなたを愛している、あなた無しでは生きれない。……何度も言いました。シェリーを殺した憎い男に、愛の言葉を言い続けたんです」
はは、とリオルはかすれた声で笑う。
「ほんと、滑稽ですよね」
〝誰か〟になりすます度に、全く思ってもいない言葉を、あたかも想いが篭っているのかように囁く度に、彼女は何度も自分に言い聞かせた。
この言葉を言っているのは、この体を差し出しているのは、〝私〟じゃないと。
「私がだんだん壊れていくのを感じていました。けれど、気にしなかったんです。もう、どうにでもなってしまえばいいと思っていたから」
感情が薄れ、何もかもがどうでもよくなった。
いっそ死んでしまって、シェリーの傍にいるほうが彼女も嬉しがるのではないかと、その時は本気で思っていた。
「そんなある日、アゼルと久々に言葉を交わしたんです」
まるで別人のようになってしまった彼女を、彼は優しく抱き締める。
そして、悲しそうな、悔しそうな声で言った。
「〝諦めるな〟と、言われました。その瞬間、私の中に〝自分〟が帰ってきて、シェリーへの申し訳なさと、苦しみと悲しみが胸の中を襲った」
「………」
リオルの言葉に、ウィズはふと思う。
彼女はアゼルという少年に、ある特別な想いを抱いていたのではないか、と。
そしてその少年もまた、リオルのことを特別だと思っていたのではないか、と。
「……一人で抱え込んでいた苦しみを、私は口からこぼしてしまったんです」
〝もう、汚れるのは嫌だ〟と。
あの時、自分一人で耐えていたならば、きっと運命は大きく変わっていただろう。
「事態を把握した彼は言いました。〝此処から逃げよう。サイも、もう限界だから〟と」
いくら殴られても、蹴られても、サイはまるで痛みを感じていないかのように、無表情だった。人であって、人でない。それはまるで人形のようである。
このままでは本当に、彼が彼自身でなくなってしまう。
そうなる前に、そしてリオルがこれ以上悲しまないように、とアゼルは〝脱走〟の言葉を言った。