兄は、空が好きだった。
 兄は半生を過ごしてきた病院のベッドの上で、いつも空を見上げていた。
 吸い込まれるような空を見上げて、雲になりたい、と呟くこともあった。


「由美子。洋介に、献花してあげて」
 まぶたを赤く腫らした母が、私に献花を促す。
 棺の中に見えるのは、枕花を置かれた兄の安らかな寝顔と、両親によって手向けられた白菊。
 いまだに私は、兄が亡くなったという現実を、漠然としか受け入れられずにいた。
 ゆっくりと、兄の顔の傍に菊の花を献花する。
 兄の頬に軽く触れると、まだ少しだけ暖かさが残っているような気がした。
 一歩下がると、親族や兄の友人達が、順番に献花をしていく。
 兄との別れを惜しみ、誰かは涙を流して、私達家族にお悔やみの言葉を述べてから、席へと戻っていった。
 まるで、眠っている時に見る嫌な夢のように、葬儀はゆっくりと進んでいった。