彼女、クーがいなくなってから真琴は家に帰ってきた。
 本当はうれしかったけど、あの子の寂しそうな笑顔が頭から消えなかった。

「ただいま~」
「おかえり」

すぐ返された声に真琴は不審そうに眉を寄せて言う

「あれ? いつもはここでハルの悪口言うのに……」

その言葉にドキッとした。私の気持ちを分からないと言う理由で今までは悪口を言っていた。彼女のことを知らなかった、いや気持ちを知ろうとしなかった。自分の思いを棚に上げて。 知ってしまった今では言うこともできない。

恵まれた環境の私に比べて、あの子は頼る人がいなかったのね……

あれ? でも―――

「ハル? クーじゃなくて?」
「いや、一緒なんだけど、クーの名前は有名になったから、目立たないようにって2年前から“ハル”になったんだ」

ハッとする。だからあの時あの子は懐かしそうに微笑んだろうか。あんな小さいのに苦労して―――
 分かっていて聞く。本当に知らないのか。

「あぁ。なんか今日からハルが出張?に行くとかでいないんだ。父さんの仕事は増えたけどね」


悲しくなった。あの様子ではもう彼女は会うつもりはないのだろう。私が健人さんが離れたとき、真琴が離れたときと同じようにこの子も、この子も突き落とされるのだろうか。
 何かのせいにしないと、崩れ落ちてしまうように。

呼び捨てにするときの声が愛しさを含んでいる。わかってて、なんだろうか。いや、わかってなさそうだった。あれは、今生の別れを惜しんでいる感じだった。

 母が悪口を言わなくなったことから機嫌が良くなった真琴を見ながら、美和子は何も言えなかった。