「いひゃいらよ……」
「何言ってるかわかんねぇよ」
ニヤリと口元に弧を描きながら、蒼馬はあたしの手を引いてリビングに足を踏み入れる。
トントントンと台所から規則正しい音が聞こえてくる。
「お母さん」
「どうしたの?」
野菜を切りながら応えてくれるお母さんに、なんでもないわと首を振る。
なにそれと笑うお母さんに笑い返し、あたしは台所をひょっこり覗き込んだ。
流し台に向かっているお母さんの背中をまじまじと見たのは意外にも初めてだ。
台所ってこんな所だったかしら?
改めて台所を見渡すと、一つ気になるのを見つけた。
「お母さん」
「ん?」
「ポトフにご飯入れるの?」
流し台の近くにある小さな鍋。
そこには、炊いていない米が入っていた。