「わたし…ね。まだ、怖くって」
「うん」
「そういうのは…わたし、結婚してからでもいいと思うのね」
「……」
「身体ぜんぶ明け渡すのって、わたしには…すごく大事なことなの。たった一人にしか、渡したくないの」
返事がない、隣の空間。
隙間を詰めるように、わたしも強く手を握る。
「でもね、違うの。聞いて。わたし、ヒロイチが大好きよ」
真剣に、ヒロイチを見つめて言った。
言葉そのものはとても軽いものでしかないけれど、思いの込め方で相手の心にしっかり沈むほど重みを持ってくれるから。
ヒロイチが、勢いよくわたしのおでこにぶつけてきた。
それは必死で納得しようとして、わたしを大事にしようとしてくれていて、それをどう言葉で表したらいいかわからなくて、その上での行動なのだと。
キスではなく、額をくっつけるという行動を選んだところが、わたしがヒロイチを好きな理由だ。
きっと。すごく。とても。
風は強いのに、波は穏やかで、色だけ見ていれば真冬の冷たさだとわからないほどだった。
詰められた隙間。手だけじゃなく、隣同士触れ合った腕。
「…初夢、なに見た?」
いきなりのわたしの質問に、ヒロイチは拍子抜けした顔をした。
「えっ初夢?」
「うん」
「…ええと……、リンゴ?」
「リンゴ?」
「うん。リンゴみたいなでっかいのに追いかけられる夢」
困ったように眉を寄せてヒロイチがそう言うから、思わず吹き出して笑ってしまった。
その夢は一体、どういう意味なんだろう。
それを今年一年かけて、ヒロイチと解明していくのも楽しいかもしれないな。きっと。
「アカリは?」
波が寄せては返す。同じようで、決して同じ形でない波。
防波堤に留まるわたしたちに、おいでおいでと手招きをする。
「…あたしの初夢は、ヒロイチとキスする夢だったよ」