三日月のその晩、ハロウィンのせいで街は仮装した子供たちであふれていた。この日、街の人は小さいいたずらっ子が家の扉をたたいて「トリック・オア・トリート?」と言ったら、お菓子をあげなきゃいけない。大人は仮想した子供がかわいいのか、にこにこしながらお菓子をくれる。

 僕はママにむりやり着せられた狼人間のかっこうをしてドーナツカフェに向かっていた。もこもこしたオオカミのきぐるみとオオカミの頭部を真似た毛皮の帽子は重くて歩きにくい。


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 十字三丁目のドーナツカフェの前に着くと、お店の前で魔女の服装をした黒髪の女の子が店の中をじっと見つめていた。足元には黒猫が二匹もなついている。

「アリエちゃん?」

 そう僕が尋ねると女の子はこっくりうなずいた。
 アリエちゃんは同じ学校のクラスメイトだ。家は由緒ある占い師の血筋で、彼女のおばあちゃんはその世界ではとても有名人らしい。アリエちゃんはそのおばあちゃんよりも強い力を持っているらしく、雑誌で天才占い少女と書いてあるのを見た。
 占いってすごくエネルギーを使うのかよくわからないけど、アリエちゃんはいつも無気力で無表情、無口な女の子だ。アリエちゃんが感情的になったりしたところは見たことがない、例外を除いては。

「食べたい、」
「え?」

 アリエちゃんの視線の先を見ると、店の中のガラスケースにはハロウィン用のカボチャのケーキが並べられていた。加えて、店の中からはココアや甘いクリームの香りが店の中に入るように魔法をかける。アリエちゃんは無表情のまま鼻をくんくんさせながら、扉の方に流されていってしまった。そして、全体重を扉のノブにこめて開こうとするのだけれどびくともしない。一生懸命押したりひいたりしている。しばらくすると力を入れすぎたのか、その反動で勢いよく扉の前に尻もちをついてしまった。どうやら、小柄で気力体力共に平均以下のアリエちゃんの力では扉が開かないらしい。僕は扉を後ろから押して開けてあげる。

「ありがと」

 アリエちゃんはにっこり笑って僕を見上げた。そうして、店内に綱の切れた犬みたいに駆け込んでゆく。店内はハロウィンらしく天井からカボチャや魔女、幽霊のおもちゃがつり下げられていた。