那智は生まれてからこの方、ずーっと俺が傍にいた。
だから本当の孤独を知らなかった。

…那智には教える必要があった、俺のいない世界を。孤独な世界を。必要とされない世界を。

ちょっとやり過ぎた自覚はあるけど。
嘘、だいぶんやり過ぎた自覚はある。

本当は家に帰って、もう少し冷たくしてから…、謝るつもりだったんだ。
俺の存在の大きさを分かってくれて、尚且つ他人なんて不必要だって分かってくれたら、すぐに謝るつもりだったんだ。


ギュってしてやるつもりだった。

愛してるって言ってやるつもりだった。

他人に気を許しちまっても、やっぱ那智は俺の大事な弟なんだって笑ってやるつもりだった。


それが家に帰って来てみれば、那智はいなくて、洗剤とか石けんだけが転がってて。


全部に絶望して出て行ったんだって気付いた。
後悔の一方で醜い優越感が出た。

絶望する、それくれぇ那智は俺に依存してたんだって分かったから。



だけど那智が本気で死んじまったらどうしようって焦りもあった。



んで…、那智を漸く見つけたら知らない親父に触られてやがる。

すっかり怯えてる那智を助けたら、今度は逃げられて…、んと、度が過ぎたムチだったな。今は猛省してる。


やっぱ弟を傷付けるのは気分が良くないな。

昨晩はちっとも眠れなかったし。


「若旦那、右腕はもういいのか? 昨日、血が出るまでそこに噛み付いてたけど」

「うっせぇーな。要らん世話だ。とにかく車出せ。昨日の予定で行く」

「はいはい。その前に家に寄るんだろ。必要最低限の荷物だけ持ってな」

「ああ」


軽く鳥井に返事した後、俺は服の上から自分の右腕を擦る。
昨日、那智と一日離れていたせいで手前が自虐行為に走っちまった。しかも鳥井の部屋で。


するつもりなかったんだがな、気付けば………。


今は患部を包帯で巻いてるが…、結構な傷になっている。