「―――…そっちの坊ちゃんはおやすみか? あーあ、そんなに泣かせちまって」


鳥井の皮肉に俺は鼻を鳴らす。

俺の膝に頭を預けて眠っている那智は酷くやつれていた。瞼は腫れてるし、心なしか顔色も悪いし、…罪悪に苛む。

ごめんの意味を込めて俺は那智の頭を一撫で。

その後は那智を起こさないよう上着を脱いで、そっと掛けてやる。

那智は起きる素振りも無かった。


「そんなに後悔するなら、なんで“わざと”傷付けたんだ? 若旦那。
突然俺の家に一日泊まらせろとか言ってきやがってもう…、兄弟喧嘩に俺を巻き込むなって。仕事外だぜそれ」


意味深な鳥井の言葉に、「愛故にだろうな」俺は間を置いて答える。

そりゃ歪んだ愛だと鳥井は一笑。
煙草をスパスパと吸って、ゆっくり紫煙を吐き出し車内の空気を濁らせる。

一応窓は開けているから、空気の入れ換えは大丈夫だろう。


……そう、俺はわざと那智を傷付けた。


すべては故意的だ。

頭に血がのぼって平手打ちってのも嘘。辛辣な言葉ってのも嘘。冷たい態度を取ったのも怒れていたからじゃない。わざとだ。

家に帰らないって連絡を入れなかったのも、電話に出て冷たくしたのも、全部わざと。

俺は故意的に那智を傷付けた。追い詰めた。
傷付けりゃどうなるか…、ある程度予想も付いていた。


まさか…、石けんや洗剤を食うなんて思わなかったけど。

那智、体調壊さないといいけどな。


「所謂アメとムチだな。
愛情はアメだけじゃ成り立たない。時にはムチだっている。

だから那智を追い詰めた。とことん…、もっと俺を必要とさせるために。
失って初めて気付くことってあンだろ?」


「うーっわ…、心底弟くんに同情するわ」


「るせぇ。俺だって本意じゃねえよ。
できることなら那智を傷付けたくはねぇ。
けど少しは痛い目見とかないと、ぜってぇに気付かない部分ってのがあるだろうが。

火が熱い、触れば火傷する。
それを知るには火に触れてみねぇといけねぇ。

同じだ。
那智に一度、孤独を味わわせる必要があった」