嗚呼、今日のおれはどうかしてる。
他人の甘い囁きに耳を傾けて心を乱してしまうなんて…、忘れよう。
おれは大切な兄さまを裏切ることはできないし、二度と裏切るような思いも抱かない。抱けない。
徹平くんと交わした会話、優しさ、嬉しさ、楽しさ、全部、消去。白紙。抹消。デリート。
兄さまを傷付ける事が何よりも恐いから削除。
「那智、忘れるな」
兄さまがグッと顔を近付けて、おれに魔法を掛けてくる。
「他人なんざ必要としなくていい」
他 人 は お れ に 不 必 要 。
「今まで必要しなくとも生きていけただろ? これからも必要としなくていい」
削 除 。
「てめぇの全部はもう兄さまの。那智のじゃねえ。不要な気持ちは抱くな」
気 持 ち 削 除 。
魔法がまるで麻薬のよう。
くらくらと眩暈するような誘惑と囁きに、おれは馬鹿みたいに相槌を打っていた。
兄さまを悲しませない気持ちは抱いちゃ駄目。
兄さま以外の人間と過ごしたいなんて思っちゃ駄目。
兄さまはおれの総て、それを忘れちゃ駄目なんだ―――…。
(飴玉、どうしようかな)
ポケットに捻り込んである飴玉を食べることに迷うおれがいた。
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