フンと鼻を鳴らしておれは腕を組む。

半分以上、おれ自身の消化し切れない感情が混じって八つ当たりの域に達してるけど、井坂先生に腹立てたのも本当だ。

ああいう風に言われるなら、おれ、二度と学校に行かない。

徹平くんには悪いけど…、おれはやっぱり兄さま至上主義だから。


他人の優しさはおざなりだって兄さまが教えてくれた。
それに対して兄さまは忘れろとも教えてくれた。

だから徹平くんの優しさを忘れることにする。
楽しかった気持ちも、兄さまに対する罪悪も何もかも。


「……てことは那智、てめぇ…、ムカついて飛び出してきたのか」


呆気に取られていた兄さまは、怒気を霧散させておれに聞く。
フンフンと鼻を鳴らして、おれは兄さまに視線を投げる。


「頭に血が上りました。怒鳴りもしました。後はよく憶えていません!
もう煮るなり焼くなり好きにして下さい!」


これは嘘だ。
でもおれの世界の中心は兄さまだから、兄さまの喜ぶようなことをしたい。

ぶうたれる演技を見せるおれに、兄さまは脱力。

「なんだ」そういうことかと息をついて、すっかり機嫌を取り戻す。


「てっきり、那智が他人の甘い言葉に惑わされて、俺から逃げたのかと思った」


ドキリ―…。


おれは嫌な意味で鼓動を高鳴らせる。

いやって程、兄さまの勘は鋭い。

兄さまから逃げはしないけど、他人の甘い言葉に惑わされてたのは本当だし。

平常心をどうにかこうにか保ちながら、兄さまに不審がられないよう、顔を覗き込む。


「おれ、兄さまから逃げませんよ?」


「だってさっき。轢かれそうになった那智を呼んでも振り向かねぇし、逃げるし、俺に気付かねぇし。
俺はてっきり、他人の甘い誘惑に唆されちまったんじゃないかって…、そうだとしたら、どうしてくれようかと思った」


なあ―?

アイロニー帯びた笑み。
ニヤッと笑ってくる兄さまは、おれを膝に乗せて見上げてくる。

本当に鋭くてヤだなぁ、兄さま。
おれ、誤魔化し切れる自信無くなってきたんだけど。


「もしそうだったらどうしてたんですか?」


おれは無邪気を装って聞く。
兄さまは平然と言った。