寧ろ風と一緒に溶けてしまえば…、浅かな考えを抱きながら酒屋の前を通り過ぎ、坂を駆け抜け、曲がり角を曲がって道路に飛び出しッキイィイイ―!

突然のブレーキ音におれはびっくり仰天。
思わず動きを止めてしまう。

間一髪で停車してくれた相手に、おれはドッと冷汗。
やばい、このままだと喝破を浴びさせられる!

おれはろくに相手も確認せずその場から逃げ出した。今日は何から何まで厄日だ!


「那智!」


馴染みある声が聞こえた気がしたけど、空音かもしれない。

おれは駆けた。
気持ちをリセットするように駆けた。

走ることで何もかも忘れたかった。

と、突然手首を掴まれて、後ろに体が引っ張られた。
「ぁ」小さな声を漏らすおれは瞬く間に、相手の懐に飛び込んだ。「馬鹿!」怒鳴られて身を小さくする。


この聞き覚えのある声は…。


「那智、てめぇ何勝手に学校から抜け出してやがる。
俺が行くまでぜってぇ学校から出るなって言ってるだろうが!
しかも飛び出してきやがってっ、何してやがるんだ、轢かれて死にたいのか!」


恐る恐る相手の顔を見上げた。
怒声を張っているのは、髪の色を変えているけど、紛れも無くおれの兄さま。


意味もなく体が震えてくるのは、兄さまに対する怒りの恐怖から。

意味もなく安堵の気持ちを抱くのは、兄さまに会えてホッとしてるから。

意味もなく胸が痛いのは、兄さまに罪悪を抱いているから。


色んな気持ちが爆ぜた。

最初に謝らなきゃいけないこととか、そんなことも忘れて胸部に顔を埋める。


まずは甘えたかった。

おれは兄さまみたいに大人じゃないから、まだ子供だから、すぐには感情の整理が付かないんだ。


舌打ちやら溜息やら頭上が聞こえたけど、兄さまも怒りがすぐに冷えたのか、「どうしてこんなところにいるんだ」不機嫌に言葉を掛けてくる。

うんうん、おれは首を横に振った。

今は何も話したくないと意思表示。
だけど兄さまは容赦ない、言いつけを破ったことに対して厳しく咎めてくる。

冷静は取り戻してるみたいだけど、やっぱり怒ってるみたいだ。