―――…兄さまの言葉が脳裏に蘇る。


嗚呼、おれはまた、兄さまを裏切るような気持ちを抱いた。

少しだけ徹平くんの言葉に喜ぶ、愚者なおれがいるんだ。

兄さまのためだけに生きて、兄さまのためだけに存在して、兄さまのためだけに死ぬんだって知ってるのに。

分かり切ってることなのに…、おれは兄さまを悲しませるようなことを思った。

他人に少しならず必要とされて嬉しい、そう思う自分がいることに嫌悪を覚えた。


きっと同級生にあんなにも親しげに話されたこと無いから…、変に嬉々を抱いたんだ。
そうだ。きっとそうだ。そうに違いない。


おれは気持ちを振り払うように持っていた問題集とノートを鞄に入れると、下靴に履き替えて校舎を出た。

ザクザクと砂利の絨毯を歩きながら、気持ちを切り替えるように徹平くんの「またね」の一言を忘れようと努力する。


でも忘れられない。

どう頑張っても「またね」が脳裏にこびり付いて、こびり付いて、こびりついて。


おれはポケットから個装された飴玉を取り出す。

考えてみれば、他人から物を貰うなんて初めてかも。


いや、今までちょいちょい貰ってたけど…、それは兄さま伝いで物を貰ってた事が多かったから…、一個人で貰うなんて初めてだ。


忘れるなら…、これを道端に捨ててしまえばいい。

兄さまから許可が無い限り、飲み食いできないんだ。

こんなの捨てちゃえばっ―…。


………。


できない自分がいる。

ギュッとそれを握り締めて、おれはポケットに捻り込む。

後で食べよう。

兄さまの言いつけ、破っちゃうけど、でも食べよう。

そして忘れよう、徹平くんの優しさ。飴玉と一緒に食べて忘れよう。


おれは引き摺るように歩いていた足取りを一変、気持ちを吹っ切らすように駆け始めた。

何処に向かうのかは決めていない。


とにかく学校から逃げたかった。
愚かな気持ちを抱いたおれから、兄さまの気持ちを裏切るおれから、逃げ出したかった。

おれは正門を飛び出して駆ける。駆ける。風と一緒に駆ける。