おっきな手でおれの優しく頭を撫でて、兄さまはいつもの口癖を口にする。

それはもう、物心付いた時からおれに向ける、ある意味魔法の呪文。

おれは、いつもその呪文を静聴する。


「那智、これから自由になるけど、兄さまから離れて行くんじゃねえぞ。
約束したよな。俺達ずっと一緒だってな。
 
他人は誰も彼もが俺を裏切りそうで恐ぇ。
他人なんざ信用できねぇ。
他人は俺等を助けちゃくれなかったんだ。

誰も助けてくれなかった。
だから俺達は力を合わせて、二人で生きていくしかねぇ。
俺はてめぇが生まれるまでひとりぼっちだった。もうひとりは嫌なんだ」


兄さまの魔法の呪文は、まるでおれに“裏切るな”って言ってるよう。

いつもそうだ。
兄さまの呪文は優しくて、どこか哀しみを帯びている。

哀しい思いはさせたくない。

 
「兄さま、ずーっと一緒ですよ? 離れて行きません」

「―――…兄さまをひとりぼっちにするなよ」


あ、兄さまの体が震えてる。
あんなに両親の前では気丈に振舞ってたのに。おれは兄さまの体に擦り寄って頷く。

兄さまの恐怖、取り除いてあげたい。
兄さまはいつだっておれを守ってくれた。傍にいてくれた。愛してくれた。

父親が助けてくれなくても、母親に叩かれても、兄さまだけはいつもおれの傍にいて守ってくれた。

周囲はおれを必要としなかったけれど、兄さまだけはいつもおれの手を引いて一緒に歩んでくれた。


だから、おれは兄さまのために生きたい。

兄さまがそう望むなら、おれはその願いを叶えてあげたい。


「ひとりじゃなくて、ふたりぼっちなら恐くないですよね」


ね―?

そう兄さまに尋ねると、兄さまは髪を梳きながら綻んでくれた。


「ああ、ふたりぼっちだ。俺達はずっとずっとずーっとふたりぼっちだ。
那智、てめぇだけはずっと俺の味方でいてくれよな」


「―…はい。兄さま」


おれはさも当たり前のように返答した。

躊躇う必要なんて何処にもなかった。